ひとりマーケティングのためのデータ分析

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Chapter 2 > Section 4

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8月上旬 14:50
リサーチサービス社

綾子と晴花は、昨日の “プレゼン” について話を弾ませていた。

綾子 ホント…昨日はなんとか上手くいってくれてよかったです。何より田中さんがその気になってくれた!
晴花 私も、綾っちの “プレゼン”、なかなかすごいなーと思ったよ。
綾子 …そんな。晴花さんが助けてくれていなかったら、今頃どうなっていたのやら…。
綾子 私のほうは、全然でした。…やっぱり、付け焼刃はダメですね。これからは、背景とかもしっかり勉強してかなきゃ。
晴花 綾っちは不満があるみたいだけどさ、結果として田中さんの心を動かせたんだから、それで OKだと思うの。目的はソコだからね。
綾子 でもホント、やっぱりいろいろと運にも救われたかなーって、そう思います。
…私、事前の打ち合わせ通り、田中さんと石井さんのZチャート…比較しましたよね、昨日は。
晴花 だね。それで…何か思うところが?
綾子 …えーと、最後に、それで田中さんと石井さんの…何て言うかな…う~ん…か、「格差!」みたいなものが縮まってる方向にありましたー!…ような趣旨のコトを伝えたじゃないですか。
晴花 うん、うん。
綾子 でも後で思ったんですけど…これってあくまで田中さんと石井さんの、ピンポイントの話…ですよね。今回は条件が条件なんで納得してもらえるところがあったのかもしれませんけど…。もしですよ、もし…
綾子 田中さんが、勝てたら…これからも競争が続いていくわけじゃないですか。要するにRSのすべてのみなさんとまた戦っていかなければならなくなるわけで…。
綾子 なので私は…本当は 全体としてはどうなっていたんだろうか まで調べておくべきだったのかなーって。もしかしたら、田中さんの健闘っぷりが違ったところから評価できたのかもしれないなーと、今、思ったりします。…って、今更ですよね。
晴花 そこまで言うなら…
Zチャート、ほかの人の分も出してみる? 残り22人分。
綾子 うぅ…。言い訳かもしれませんけど…ほかの仕事ができなくなっちゃいますよぉ。身の丈の「ひとりマーケティング」でなくなっちゃいます…。
晴花 …そりゃそうだ。
晴花 でもね、何でも…一度、“VBA” っていうものを使って “マクロ” っていうものを組んじゃえば、一瞬で出力できるようになるらしいよぉ~。
綾子 ホントですか!!?
綾子 …そのブイ・ビー・エーとかマクロとかいうもの…何なんですか!?…教えてくださいYO!
晴花 さっきのZチャートのたとえのように、手作業では面倒な作業ほど効率上がっちゃう、すごーい魔法!
綾子 うー!! ぞくぞくしてキター! 晴花さんっ、そんなおいしいものを独り占めはナシです! で、で、具体的にはどうするんですか?
晴花 エクセルにおこなわせたい手続きをプログラムとして入力すんの。VBA、つまり Visual Basic for Applications っていうのはエクセルとかで利用できるプログラム言語みたいなものよ。

綾子 晴花 ひっ!

晴花 たぶんそうくると思って…いっしょにやっておいた。
綾子 撃…沈…
綾子 私にはムリーなお話でした…。
晴花 実は私も。
綾子 …あっ、ひどーい!
晴花 ごめんっ!
マクロによる複数Zチャートの作成 デモを別サイトに用意しています)
晴花 …イケネ。で、何の話だったっけ…っと。
晴花 格差…みたいなものを RS部の人みんなひっくるめて調べておいた方がよかったかも…ていう話だったよね?
綾子 そう…ですね。でもいざとなるとどうすればいいんだろーってギモンに思ったわけでして…。
綾子 こういうときは、私、やっぱ標準偏差なんかどうでしょー…と思うんですけど…。
綾子 標準偏差はバラツキを見る指標のひとつですから…たとえば1年前と比較して、標準偏差が小さくなっていれば格差が減ってると言えるよ!…なんて言えるのかなーって。
晴花 ふむふむ。発想は、悪くないんじゃない?
晴花 でも…水を挿しちゃうようでごめんよ…。標準偏差をその…綾っちのいう「格差」の指標として使うとなると…こんなカンジにならないかな?
晴花 たとえば、今RS部の平均売上高が50万だとするよ。…あ! もちろん仮の数字だよ。
晴花 でさ、標準偏差を計算したら10万だったと。
晴花 でね、ちょうど1年前のRS部の平均売上が100万だったとしよっか。ここでも同じように標準偏差を計算したら…何と同じ10万だった!
晴花 …なーんて場合、綾っちなら「格差」をどう判断するの? 標準偏差が同じ10万なんで、やっぱり格差は変わらない…とする?

綾子 ギクっ! た、確かになんか違和感が…。どう判断したらいいんだろ…。
晴花 …ばらつきの大きさをあらわす標準偏差で「格差」を見るのは、ちょっと工夫が必要かも。
晴花 ということで…同じ標準偏差を使うにしても…たとえば変動係数って呼ばれる指標にした方が、ハマるかな。
綾子 変動けいすう?…ですか。
晴花 なになに、単純な話。標準偏差を平均で割ってやるだけなの。つまりさ、その標準偏差の大小をあらわすに、平均の大きさをものさしにしてみよう…ってなカンジ。
晴花 だから綾っちの発想は、いいトコついてると思ったんだ。とにもかくにも、エクセル使ってさっきの例で試してみれば…どんなものかもわかると思うよ。
綾子 あ…はい。
綾子 カタカタ…あ…えと、まずはこういう仮定でしたね。
綾子 …で、その変動係数というものがぁ…
綾子 平均のおおきさをものさしにするんでしたっけ? てことは、平均を分母ですね…カタカタ…
晴花 うん…標準偏差÷平均。
綾子 じゃあこれで…
綾子 よし、と!…カチャ。
綾子 0.1 と 0.2 …デスカ?
晴花 うん。つまり平均の 10%と 20%だね。
晴花 こうして比にしちゃえばさ、互いに同じ土俵でくらべることができなくなくない?…の巻。
晴花 …念のため。さ、綾っち。平均の 10%分のばらつきと、20%分のばらつきは…はてさてどっちの方が「格差」が大きいと言えるでしょーか?
綾子 むむむ…。この言い方は、何かウラがありそうな…。足元を掬われないように、一度ワタシ流に整理してみよう…。
綾子 1度だけ1万円が湧き出てくる魔法の財布があったとしたら、うん…1000円くらいの衝動買いなら私的にはOKだぞぉ。でも5000円しか湧き出てこない魔法の財布だったら…1000円の衝動買いはなんでか躊躇しちゃうよねー。使い道に死ぬほど悩むかも、私は。
綾子 何で同じ1000円の衝動買いなのにそうなるかというと…私の場合、やっぱり持ってるお金の10%か20%の違いで気持ちが違ってくるんだろうなぁ…。だからー、えーと…数字が上がる方が躊躇するってことは…格差だって…やっぱり…
綾子 20%!
晴花 Yes…
(この疑心暗鬼っぷりは…)
綾子 なるほど。私の目的では、こっちのがふさわしいかな。なんか、思いついたことを やみくもにやってても…むずかしいトコロもあるんですね。…ちょっと自信、なくしちゃったな。
晴花 そんな。悪いコトじゃないって。確かにさ、綾っちの言うことは研究や学問として…なら大切なことかもしんないよ。ひとつの分析手法を使った根拠から結果にてらした妥当性まで、十分に検討されなきゃいけないだろうけど、私たちのように…思いついたパターンをいろいろと試行するよなブンザイだって、得られるものはきっとあるさ。…そう、信じようよ。
晴花 ほら…「本当に無駄なことなんて」
綾子 「ない!」…そうでした。
綾子 見方を変えれば、最初に標準偏差という取っ掛かりがあったこと…決して無駄にはならなかったですもんね。そこから…晴花さんの力を借りちゃいましたけど…変動係数という1つの方法にたどり着いたわけですし…。
晴花 うん…。暗中でそうした手綱を手繰っていくのを楽しめる余裕こそ…こんな世の中だもん、少しはあってもいいんじゃないのかなぁ。私はさ…そう思うんだ。
晴花 …じゃぁ、せっかくなんで。大いに無駄を楽しもうか?
綾子 え!?
晴花 綾っちの言う「格差」をさ、変装係数とはまた違う角度から探ってみちゃったりして。
綾子 あ、はい。何か方法があるなら、ぜひ。
晴花 うっしゃ。ローレンツ曲線からジニ係数を計算してみよっか。あ、なんか複雑そうに聞こえちゃうかもしれないけど、とりあえず心配しないで。
晴花 これ、本来は国全体の「所得」…まぁ、簡単に言えば国中みんなのがんばりで財産が増えた分、とでも言っておこうかしら…それがめぐりめぐって平等にみんなに分配されているのかなーっていうトコロをみる指標なの。分配…なんて難しいことば使っちゃったけど、私たちが手取り分のお給料としてもらっている分がソレだね。
晴花 でもね、平等=GOOD!かと言えば…いろんな考え方があるだろうし、難しい話になるから私はついていけなくなっちゃう。だからその良し悪しについては外に置いておいてね。
綾子 ふんふん。
晴花 ということで1つ考えてみたいんだけど…「所得の格差」って言葉…なんとなく なじみのある言葉のように思わない? よく聞くとか…でさ。
綾子 そう…ですね。…ニュースとかで。もちろん 内容までは???ですけど。
晴花 だからすんなり受け入れられるというか…。でも、「売上の格差」って言ったら…どうだろー?
綾子 そういえば…違和感も…? なんとなくですけど。
晴花 だよね。その理由だけど…たとえば綾っち。誰でもいいからRS部の人のお給料と売上とを比べてみるとするよ。二つのうち、毎月とか、1年後とか…とにかくいくらか時間がたってから、変化してる割合が少なそうなのは…はてさて どっちだろ?
綾子 それは…お給料…ですよね。売上はお給料に比べれば乱高下しやすいですし、もしお給料が売り上げのように乱高下するなら私、お買い物の計画もできなくなっちゃいます!…増える方は大歓迎ですけどNe!
晴花 ということになるよね。裏を返せば、お給料の金額の方は私たちが自分で決められない要素が多いものだからこそ安定してくれなきゃ困る…と。逆に売上の上下動を人と人とで「格差だ!」と叫ぶのに違和感を感じるのは、それが自分が決める要素が大きいものだから…とも言えないかしら。
晴花 その意味では、本来所得の格差を見ようとするこのモノサシで、所得よりはるかに乱高下してあたりまえな売上について、「格差」を調べて見ようっていうんだから…考えようによっちゃあ「的がズレてない?」ってことにもなっちゃうかも。
晴花 ってことでさ、変則的に「売上」に注目していくとしても…平等さを確認する作業ととらえると違和感を感じてしまうのね。だから今回はさ、ローレンツ曲線とジニ係数によって いうなれば営業力のばらつき…みたいなものを確認してみる…ってトコロを心のどっかに留めておいてね。
綾子 がってん!

ローレンツ曲線の作成手順と
ジニ係数の計算手順をひらきます

綾子 できました…けど、ジニ係数…0.18とでましたね?
ローレンツ曲線とジニ係数
綾子 これ…どうなんですか? 営業力の差が…大きいんですか? 小さいんですか?
これだけじゃサッパリわかりません。
晴花 リクツとしての数字で、だけど…ジニ係数は 最も小さい場合で 0, 最も大きい場合で 1 となるの。…まずはそのヘンから、推し量れるね。
晴花 で、ローレンツ曲線からは…そうだなぁ…。右下に出っ張っるような円弧のしなり具合がひとつの目安になるっ…って言っちゃってもいいかな。…乱暴だけど。
晴花 まぁ、でもね。これはやっぱり…異時点間で比較してどうこう判断すべきモノサシだと思うんだ。綾っちが最初に言ってたように、前年同月とか。
綾子 ということは…もう一回?
晴花 Yes!
綾子 げぇぇぇぇぇ…。戦意喪失…(汗
晴花 しょうがないにゃー。じゃ、私がやってみるからちょっと待ってん。

しばらくの後―――――。

晴花 綾っち。これでよろしゅおすか~。
ローレンツ曲線とジニ係数
綾子 おおきに~?
綾子 おー!今年6月のより…しなってますー!
このゴム鉄砲は…命中したら激しく痛そう!
晴花 …ということで、“異なる2時点間での営業力の差を確認するためのモノサシ” として、ジニ係数を参考にできそうかな?
綾子 ジニ係数よりゴム鉄砲が痛そうかどうかの方が分かりやすいですYO…。
晴花 …客観性なし。
綾子 はぁ…。1年前と比べると、ジニ係数が小さくなっているわけだから…営業力のひらきが小さくなっているよな方向かも、と。
晴花 確かに、そんなケハイではありそかな。
その方向性をもうちょっと補強するなら、やっぱり各月のデータを追ってみるに越したことはないだろうね。
晴花 私は…ギブアップだけどさ…。
綾子 わ、わたしも…。
晴花 あと、ついでにさっきの変動係数も計算してみたけど…こうなるね。
綾子 なるほど、ジニ係数と同じ方向だ。やっぱり、昨日、田中さんと石井さんの2人に限ってZチャートで確認したことですけど…ふたりの差が接近してるって方向性は、ジニ係数とかの変化が示す全体の方向性とも重なるかも…ってことですよね?
晴花 うん。そう見てもいいんじゃないかと、私も思うな。だからさ、昨日の綾っちのプレゼンは…決して的外れなんかじゃなかったと思うの。…これからも自信持ってすすめていきなよ。
綾子 はい。具体的なコトとなると、簡単にはいかないと思いますけど…でも、やれることはやってみます。ビビリな私ですから、もしかしたらひとり虚しくシャドーボクシングしてるんじゃないかって…ちょっと心配でした。けど、気持ちが少し楽になりましたYO。晴花さん、ありがとう。
晴花 ほっ。

その時―――――経理課にひとりの男が入ってきた。

荒木という名の、RS1部員だ。

普段、感情を表に出すことが滅多にない、寡黙な男である。また、社内の人間とも積極的に友誼を結ぶ…といったタイプの男でもない。


同じ部の安堂とは、入社年度、年齢において等しい。このことから、自然、荒木と安堂とは何かと比較されやすい存在となっている。

荒木は決して飛び抜けた実績を上げるようなことはない。だが、何事も無難にはこなせる要領を持っていた。

荒木 …お疲れさま。
晴花 お疲れさまです。
綾子 (ポカーン…)
荒木 えと…晴花ちゃん。
晴花
荒木 これ…前話してたヤツ。

荒木はすこしはにかんで、ぴたっと折り目のついたやや大きめの小奇麗な紙袋を、受付台の上にそっと置いた。

晴花はあわてて立ち上がり、受付台へと駆け寄った。

晴花 わぁ! …すごいですね。
晴花 でも…本当に、いいんですか。
荒木 いや。うれしいから。気にしないで欲しいよ。
晴花 …ありがとうございます。
荒木 あの…敬語はヤメてと言ったじゃない。いいかげん…普通に話してくれないかな。
晴花 …でも。
荒木 お願いだから。
晴花 ありがとう…荒木さん。
荒木 うん。じゃ、そういうことで。また。
晴花 行ってらっしゃい。
綾子 ?(…何が起こった?)

そして荒木は出かけていった。

綾子 …晴花さん、何ですか今の?
晴花 「何ですか」って。何が?
綾子 …晴花さん、荒木さんと仲よしでしたっけ? 荒木さん、私にはほとんどしゃべってくれないのに。って言うか、誰かとあんなふうに親しげにしゃべってるとこなんて…この会社入ってから見たことさえないのに。
晴花 仲いいって何さ。荒木さん、悪い人じゃないでしょ?
綾っちから話しかけてみたら、きっとしべってくれると思うけど。私も会社帰りに偶然一緒になってから、意外と話せる人だってわかったくらいだし。
綾子 ですかねぇ…。
綾子 でも…あの荒木さんが「晴花ちゃん」ですよ!? あの荒木さんが…。
綾子 究極の意外性ですよー。天変地異の前触れとかじゃないですよね…
晴花 ばか。
荒木さんは元来そういう人なんじゃ? …もっとも、会社の中で「晴花ちゃん」なんて呼んでくれるの、ほかに初江さんしかいないし。…私みたいなオバサンにとっては、ある意味貴重だわ。
綾子 …。
綾子 ところで、その紙袋…何ですか?
晴花 あっ。これは…
綾子 何ナンですか。
晴花 …気持ちの整理が出来たら、ね。
綾子 ずる~い。いいじゃないですかー。
晴花 絶対ダメー。さ、仕事仕事…。
綾子 (あー今日絶対仕事できない…妄想スイッチ入りっぱなし…)
8月中旬 18:50
リサーチサービス社

経理課―――。

会社に戻った田中はその足で経理課に向かい、綾子らと情報を交換をしていた。

田中 …それがそれが、どこもかしこもお盆ムードで仕事にならないっていうか。
綾子 ここの仕事もそんな感じです。お盆明けじゃないと進まない話、目立ってきました。
田中 だよね。お手上げっぽい。
あぁ…苦しいなぁ。今月も上積み難しそう…。
田中 この調子じゃまた社長にあーだこーだ言葉の暴力で責められる…か。いっそのことスパッ!と要点を切って短時間で済ませてくれた方が、こっちも切り替えやすいんだけどなぁ。憂鬱だわ……。
田中 少しでも被害を減らさないと…。うーん。いっそのこと、今月は石井くんとのバトルを忘れて、調査の本数を稼いでおいたほうがいいのかな…。でも苦手な調査に頼ると、フォローで裏目に出るかもしれないけど…。それでも、社長に責められるよりはマシかもなぁ…。
田中 …ぐぁー迷う…どう…しよう…

綾子は はめ込み窓の外に人の気配がないのを確認して、言う。

綾子 (小声で)いまさら話を蒸し返すようですみませんけど、社長、ちょっと田中さんの扱いがひどすぎませんか。こんなこと言うのもアレですけど…成績が振るわないって理由で辞めろって言うのなら、ほかにもまだたくさんの人が辞めなければならなくなっちゃうハズです。なのに田中さんだけが…。
田中 いや、社長にとっちゃ理由なんて後付けでいいんじゃないかな。とにかく社長は “アタシをいらない” と思ってるだけで。
綾子 つまり、好き嫌い…の感情というわけデスカ? 何というか…。
晴花 ねぇ、田中さん。もしかして…あの噂、本当なのかな。以前、社長に業務体制について意見してもめた…ていう話。私、前にちらっと業務の人からそんなことがあったらしいという噂を聞いたことがあるんだけど…今の話聞いてたら、もしかしてって思って。
田中 え? あぁ。多分、本当の話ね。でもそれ、会議室での一対一での面談中の出来事だったはずなんだけど…。部長の口、だろうなぁ…。人の目線は何気ない時は無関心のようでも、いざとなると恐ろしいね…。
田中 今思えば、あの社長相手に我ながら無意味なコトしたなって反省もしてるけど…営業と調査の、並列担当制のひずみを訴えて、改善を望んだことがあったの。そのほうがウチはライバル社との差別化も図りやすいんじゃないかって。
田中 結果はご推察…って言うか噂の通りよ。「それはオマエの無能さを自らでアピールするものと受け取るが、いいか?」って。もう、あったまきちゃって。つい日頃の不満を挙げ連ねてしまったわ。
田中 自分がルールブック…の人には、その指針から少しでも外れることは何言ったって無駄なのよ。アタシはそれで学ぶことも多かったけど、代償もでかすぎた。…以来、みごとな嫌われっぷりだからさ。

田中の話に、おもわず嘆息をもらす綾子と晴花。

部屋中に、ひときわ重い空気が広がった。



そんなとき、綾子が自信なさげに口を開く。

綾子 あの…。
田中 ん?
綾子 何か…似てませんか?
綾子 あの時の社長の話と…。
田中 …っていうと?
綾子 あの、リストラ宣言した全体朝礼で社長が自分語りしてたじゃないですか。あの話です。…田中さんが、ちょうど窮地に陥ったころの社長の境遇と似てるんじゃないかなって。
田中 止してよ綾っちー! …アタシ、あんなに意固地でワンマンかなー。さすがにあそこまでは…。勘弁してよー。
綾子 い、いえ。そういうことじゃなくて…境遇の話ですよ、境遇の。自分よりすごい人たちと戦わざるを得なくなったとき…社長、何か死ぬほど悩みまくったようなこと言ってたじゃないですか。
晴花 (死ぬほど!?…とは言ってなかったような…。でも黙っておこう)
綾子 で、解決策を見つけたと言ってましたよねー。確か…
綾子 …何でしたっけ?
晴花 (ガクっ!)
晴花 ス、スピード、とか言ってたような…
綾子 あ、そうそう、それです。それを活かした戦い方に変えるため、自分の仕事のスタイルを組み変えたとか…どうとか。
田中 ああ、言ってたね。調査を捨てて情報ネットワークの構築…というか広い意味での営業に傾注した…とか。「ほら、オレの成功の陰にはこんな苦労があるんだ! オマエラもそれくらい血ヘドを吐くまで身を削ってから、モノを言えや!」とでも言いたげにしか思えなかったわ。アタシのような凡人には、現実から離れすぎて何が何だか…。
綾子 さっき田中さんが言ってた、社長との衝突ですけど…こういう、ほら、力を適切だと考えるところに一心に注ぎ込む…ことって…えーっと、なんて言うんでしたっけ…
田中 選択と集中?
綾子 あ、多分それですね! しごとの役割の中で選択と集中を訴えたわけですよね?  それとも、私、勘違いしてます…?
田中 あ…まぁ、ね。うん。
綾子 それが…広い意味での営業活動にしぼった当時の社長と…おんなじなんじゃないかって。
田中 なら…何で、私が嫌われなきゃならないの…。理不尽だよ…まったく。
晴花 (行動の規範…立場によって変わってしまうんだろうな。少なからず…。 この溝を埋めるのはお互いの歩み寄りなくしてあり得ないし…むずかしいところだね。どう出るつもり? 綾っち…)
綾子 …それを逆手に…あのー…社長と同じように調査を捨てるっていうのも…どうかなと…思い…
田中 なっ…大胆。
綾子 …私なんかがエラそうなこと言って、ほんとにすみません。
田中 それはあまりに荒唐無形よ。常識から離れすぎるわ。
晴花 …。
晴花 でも…社長はその非常識をやったのよね。裏を返せば。だから勝てたと。
田中 っ…
晴花 さっきの話。田中さんが社長と対立した話だけどさ…。見方を変えれば、それって…常識と常識のぶつかり合いって言えないかな?
田中 えっ…?
晴花 田中さんから見たら、社長の方針は非常識。社長から見たら、田中さんの考えは非常識。つまり、引いて見ればお互いにとっての常識を戦わせてる。
田中 ちょ…ちょっと…
晴花 どちらがいい悪いって言ってるわけじゃないわ。そもそも、私ごときにわからないしね。
晴花 でも、結局それがいいカンジで勝負になるのは、立場が対等か、あるいは上にあるときでないと…ダメじゃないかな?
田中 ……
田中 …常識を、捨てろって?
晴花 さっきも言ったじゃん。「私ごときにはわからない」…って。
晴花 でもさ。分が悪いのが明らかなのに、何も相手のフトコロで律儀に戦うこともないんじゃないかな…って思って。ただ…それだけよ。
田中 …とは言っても…
晴花 なに、相手の干渉を上手にかわすこと………たとえ空理空論であっても、今は、その可能性を考えてみることは無駄ではないように思うな。アトがないとしたら、常識に縛られつづけることの利点って、何だろう?
田中 なるほど…ねぇ。
調査を捨てろ…かぁ。
田中 ま、このひと月半のタイムリミットで、常識の枠の中で自分の身を縛って自滅を待つのも…考えてみれば、バカと言えばバカね。到達点はひとつ…条件を満たせさえすればいいんだから。
田中 でも、社長…それに気づいたらまたブーブーうるさいだろうな。ウチの部長だって、だまっちゃいないか。…もっとも、部長の小言程度は、社長のそれに比べたらどうってことないけど。
綾子 とはいえ、社長自身が体験されたことを私たちの前で語ったわけですから…社長も、田中さんの行動は否定できないところがでてくるんじゃないでしょうか。それを否定するなら、あの大演説で語ったことそのものが、みんなに対してシメシのつかないものになっちゃいますし…。
晴花 (お見事!)
綾子 それに…それでももし…責められるようなことがあったとしても、立派な言い訳ができてしまうといいますか…。「社長のお話に感動したんですっ!ですから社長のようになりたいと以前のお話を参考に十分に考えて実践しているんですっ!」と言われれば、社長もそれまでになっちゃいますよね? まわりのみなさんだって、社長という口上が出てきた以上、田中さんの足をひっぱろうなんてこと…躊躇しちゃいますよ…。
田中 はは…。綾っちは まったくフリーダムな空想家さんだこと。
綾子 それ、どっちの意味ですか!? …ご、ごめんなさいぃ。
田中 もちろん、感謝してるんだよ! いつだって私の足が止まるのを許さない。これ以上、まだ走らせようとする気?
綾子 あわわ。
田中 …実際には調整とかいろいろと難しいところもあるけれど、今の綾っちの話を参考にさせてもらって、いちど検討してみるわ。
綾子 すみません。ほんっとーに、すみません…。
綾子 あと、田中さん…よかったら、これも…使ってやって下さい…

そういって、綾子は机の引き出しからひとつの印刷物を取り出した。

綾子 営業資料…つくってみました。もしよかったら…使ってやってくれると…うれしいです。
田中 営業…資料……………?
綾子 私たちが田中さんのお手伝いを今、できる事がないか考えたら、やはり今あるデータを使って何とかすることしか思いつきませんでした。それで少し…田中さんのお客さんのリサーチチケットの使用状況をあさってみたんです。えと、2年分の…です。
田中 「調査会員・直近2年のチケット消化数とその周辺情報」…デスカ。
綾子 はい。こう考えていただければな、と。
綾子 左右、大きく2つのブロックからなっています。まず左側は…田中さんのお客さんのうち、ウチの主力サービスである企業調査チケットを購買したことがあるお客さんを抽出し、そのチケットの消化状況について、具体的に集計してみました。
綾子 基本は、10のセグメントにグループ分けしたデシル表です。累積の構成比を見てもらうとわかりますけど、田中さんのお客さんの場合…デシル2まででおよそ 半分を占めていました。この期間の会員数は 76idでしたので、1デシル…つまり1つのセグメントは原則8社からなっています。ですので、8×2=16社で半数を占めている…ということになりますね。
綾子 そして…この表の右側です。
綾子 こっちは…idに紐付けられた商品コードと、ウチのインターネットデータ提供サービスの使用の有無についてのデータです。…ピボットテーブルで抜き出してみました。
田中 「最頻出コード」…とあるけど…?
綾子 ひとくちに「企業調査チケット」と言っても、ウチの場合…次の5つの種類があるじゃないですか? チケットのロットが大きくなるほど高価にはなりますけど 1枚当たりのチケット単価は安くなっていきます。
田中 ああ…だね…
綾子 それぞれのお客さん…個別の事情があるはずだし…どのロットの商品を使っているかはバラツキが見られるんだろうな…なんて興味がわいたので…。履歴の中で、そのお客さんが最も多く購入してたロットを、商品コードで抜いてみたんです。
綾子 そしていちばん右のは…同様のサービスのオンライン版を契約しているか…それも重ねてみたら面白いかもしれないと思って…くわえて見ました。
綾子 この資料が、田中さんのお役に立てればなーなんて思います。…はい。
田中 (え、それだけ? おしつけがましいと思ってか…遠慮されちゃてるじゃん)
田中 (まだ肝心の見立ても聞いてないのに…。ここは言うべきか…? いや、なんか「私が言うまでもない」ってカンジだし聞くのも恥っぽい空気でなくない…? それに後輩の力を借りっぱなしのカタチになるのも…。うー!!困った(汗
綾子 …ん?
綾子 …あの、なにか、やらかしましたか、私また…?
晴花
晴花 綾っち!せっかくなんだから、もう少し踏み込みなよ。田中さんのような第一線でしのぎをけずるビジネスパーソンに聞いてもらえる機会なんて、そうそうないいんだからさ。もったいないよ。
綾子 そ…そう…ですか? 田中さん、なんか現場を知らないくせに勝手なこと言っちゃってて…ほんと、ごめんなさい。
田中 (た、助かった…(泣))
田中 いや、せっかく綾っちが一生懸命考えてつくってくれた資料なんだから、その生みの親の見立てを参考にしなくてどうするーってさ。ささ、綾っちなら、どう活用するのか聞かせてよ。
綾子 じゃ、すみません…生意気ですけど、私のねらいについて…その…ふれてもいいですか。
田中 …ええ。もちろん。
綾子 …あの…晴花さんから聞いたんですけど、…えーと、既存のお客さんをターゲットとして収益を考えるとき、「顧客生涯価値」でアクションを考えることがジョウセキ(定石)だと…。
田中 顧客…生涯価値…っていうと?
綾子 …えーと、その…お客さんとのお付き合いが始まってから終わるまで…の間にですね、うちの会社にーですね…うーん、与えてくださった利益…でしたっけ、晴花さん?
晴花 はい! だいたいそのとおりじゃないっすか? 綾子センセ!
綾子 もー!ひやかさないでくださいよぉ…。
田中 (…まただ。たしか日南さん、綾ちっと同じフツーの事務屋さんだよね? 前は小さな町工場で雑用係みたいな事務やってたってチラッと聞いたことがあったけど…。経歴的に、はたしてそんな知識が必要な背景があったのかしら…?)
綾子 田中さーん?
田中 あ、ごめん、ごめん! つづけて。
綾子 …で、その生涯価値は、単純にすると、こんな式で求めることができるみたいです。カンペ、カンペは…?
綾子 つまり、限られた期間にお付き合いいただけるお客さんとの貴重な関係を通して、よいサービスを提供する代わりにできるだけたくさんの対価を頂戴したいと考えるとき、上の3つのヘンスウのうちのいずれかを増やすか、あるいはいずれをも増やすことができれば、長期的な売上UPを実現することができる…なーんていう話みたいです。
綾子 こんな風に流してさらっと言ってしまうと怒られそうな話でした…。それがカンタンにできないから誰もが苦労されているんですよね…。すみません。
綾子 …それでですね。
この3つのヘンスウを動かす主役を考えてみたいと思います。
綾子 まず…利益率というものですけど…これは会社全体でのお話というか努力というか、今、社長がみんなをまとめて改善に取り組もうとしていることの1つだと思います。その意味では会社、ひいては社長と言ってもいいのかもしれません。
綾子 次に…取引年数、ですけど…これは魅力ある商品を会社として提供することはもちろんでしょうけど、それ以上に営業担当の方の お客さんを維持していこうとする気ごころ や 情報収集力、はたまた 先手先手を行く対応 といった「お客さんからの信頼」と比例するようなヘンスウがモノをいうところだと思いますので、営業担当の方が最前線で向上させようと戦っていらっしゃる部分…なのかもしれません。
田中 …アタシには耳が痛いけれど大事な課題。
綾子 最後に…一年間の取引額、ですけど…これを伸ばすとなると、どうしたらいいんだろ?…なんてトコロになります。
綾子 もちろん無理やりとか、ごり押しとか…ではないですけど。そんなことをしたら、さっきの「取引年数」のヘンスウを減らしてしまうだけですので…。
綾子 …と、いうことでこちらは、お客さんのニーズを開拓する、営業担当の方の提案力が数字を動かすところがある…のかもしれませんね。ですからこちらも、主役を営業担当の方としておきます。
綾子 で、その提案のかたちですが…これを田中さんに私が説明するのは失礼だと思います。だから、教えてください。
田中 綾っち気にするナ(ハート …そもそもアタシが頼んだのだから。
…でも、気をつかってくれてありがとね。
田中 じゃあ、せっかく気をつかってくれたんで…
アップセルとクロスセル、だね。一応説明を加えると、アップセルはより上位の商品の販売、クロスセルは関連商品の販売…といったところだね。
綾子 はい! 今、私たちがサポートできるのは、このアップセルかクロスセルの可能性をあさることしかないって思ったんです。それで…この資料を出してみました。
田中 なるほど。これは興味をそそられるねぇ。
…で、綾っちにとって何か興味深いものが出てきたと?
綾子 私が分かるのはこのデータがすべてなので…個別のお客さんの事情はとりあえずおいておく、という前提でしか…その…見れないので…。笑わないでくださいね。
綾子 えーと、じゃぁたとえば…。
綾子 この顧客コードDMJFP…○○食品工業さん、なんかどうでしょうか?
綾子 こちら…デシル6のセグメントになります。このセグメント近辺では、たいていのお客さんがカテゴリ3前後のチケットを運用されているのに、○○食品工業さんだけが カテゴリ1のチケットで運用されているようなので…パッと見、目立ちます。
綾子 わざわざ1件あたり単価の高いチケットをお買い上げ頂いている理由がどんなところにあるのか…なんだか気にはなっていて…。
田中 あぁ…○○食品工業さん、か…。
その前に…はて…こんなにチケット使うような先様だったっけか…? ここは難攻不落であきらめてるというか…。最近さっぱりお邪魔させてもらってなかったもので、いまいち実感がないのだけれど…。
田中 ええとさ。ここね、担当役員さんがウチとの取引については全権を持ってるのはいいんだけど、それが返って裏目に出ちゃうっていうか…。いまいちアタシの信用がないせいか、他社への乗換リスクとかを想定してて前払金を認めていないの。それで調査が必要になるたびに、都度チケットを購入している…と。…そんなとこ。
田中 …それでも前はウチを使ってくれることなんて年に数度あるかないかくらいだったかと思ったけれど…なんだかな…。これではお客さんの方も損じゃない…。
綾子 新規調査の案件じゃないですが、つい最近も既存レポートの取得を目的としたチケットの購入が何件かつづけて入ってますね…PCで調べてみると…。田中さんの印象のとおりだとしたら、つい最近購買してるチケットによって…デシル6のポジションまであがってきた…ってなカンジになるんでしょうか。
田中 …それマジ?
綾子 はい。購買履歴を見る限りでは…。
田中 アタシが知らないってことは、代表電話に直電で依頼があるのか…。
晴花 じゃ、私、業務課に確認してみるよ。

晴花は、内線で業務課に電受の記録を確認する。

晴花 …了解です。ありがとうです。…ガチャ。
晴花 田中さん、依頼…ぜんぶ商品開発室の○○さんって方が窓口みたいだけど…。
田中 ○○さん?… 誰だ…? アタシの知らない方だ…。でもって商品開発室ときた? 経理部じゃなくて…。
田中 権限とか指揮系統とかに変更があったとしか…。
ただ何の気なしに取引慣例を踏襲してるだけだとしたら…
田中 これは! ○○食品工業さんにとってもウチにとっても決して損にならないお話を提案できるチャンスかも!! やばい…歓迎できる誤算!!!
綾子 …ホッ。
田中 うーむ。ここは詳細を洗ってアプローチをかけてみるかな…。ターゲットマークを描いておいて…と。カキカキ…。
田中 えーと、それ以外じゃ…他に気になったお客さんとか?
綾子 …あ、そうですね。えーとえーと…
綾子 …じゃぁ、この顧客コードBWTEB…○○財務法務事務所さん…ですか。やっぱり。
綾子 デシル1のセグメントのお客さんです。
田中 ○○財務法務事務所さんには、ウチの商品の中では最も高価となるロットを使ってもらってる。本当にありがたい…。でもここは定点観測のような用途で上手にチケットを回転されているから、事業規模の拡大でもない限り上積みを期待することは難しいわ。
綾子 …そうですか。となると…やはり可能性があるとしたらクロスセル…とか? ここを見ると、インターネットデータ提供サービスの方は「FALSE」…つまり、ご利用じゃないようなので…。
田中 ああ、それ。…ムリなの。
先様で運用管理者を用意できない、ってことに尽きるわ。
田中 オンラインDBは確かに便利だけど…操作が少し煩雑になるというか…うまく使いこなせるかはコツ…みたいなものにかかってくると。そうした点でメリットが実感できないと、多くのお客さんが結局ペーパーに回帰してしまうのよ。○○財務法務事務所さんは…このヘンの想定にかかってしまう先様なんだ。
田中 それにさ、先様によっては…パソコンで与信情報を管理できるしくみを整備して…人材雇ったり、教育したりと…そうした点まで視野に入れていくと、どうしてもリスクが無視できないものになっていくの。…もちろん、アタシたちRS部員がフォローすることで いくらかは軽減できるんだろうけどさ。あいにく、アタシらも身体がひとつしかないわけで…。
綾子 そうですか…○○財務法務事務所さんのようなお客さんには…叶ったりのサービスだと思うんですけどね…。

晴花 あの…田中さん、お試しだけでも、1度インストールしてもらったら…ダメなの? とっかかりというか… 魅力に気づいてもらえるかも…。
田中 そう、したいんだけどね。さっきの話…アタシが密にフォローアップできればそういった提案もOKなんだろうけど…不器用暇なし才能なしの3拍子が揃ったアタシには厳しいわ…。ウチもそういった点で専門のフォロー体制を敷いてくれればいいのにな…といつも思うのに、社長の考えはちがうの…。
綾子 「…全部できてこそのプロフェッショナルだ」…と。今はともあれ、社長…以前は 売りっぱなしでよしとするならこの会社は自分ひとりで十分だ…なんて言ってたことですし…。
田中 だから○○財務法務事務所さんの場合はアップセル・クロスセルともに不可能なの。仕方ないけ…
晴花 わ、私…じゃダメかな?

田中 えっ?
綾子

晴花 もし可能なら…この件のヘルプデスクとして使ってくれても…いいかなと。

田中 日南さんが?
晴花 独学だけど…システムの使い方なら、マニュアル見ながら一通りは勉強したつもりなので…。マズイかな?
田中 業務の子たちならまだしも、アタシたちだって細部まで知ってる人は限られてるのに…。なんだって日南さんが…。
晴花 いや…電受でこの関係の話が来ると、決まって業務の人に回してるのがなんか悪くて…。それに、自分が知っていれば話が早く済むしメンドクサクなくてその方がいいやと…。
田中 でもそれは…日南さんの負担を増やしちゃうことに…。話としては魅力的だけど…。
綾子 大丈夫ですよ、田中さん。晴花さん、思いつきで出来もしないこと言うような人じゃありませんから。その辺の負担も、計算済みのはずですよ。ね?
晴花 限度はあります!もちろん…。愛嬌もありませんしっ!
晴花 けど1件程度なら…さして負担が増えることもないのでは? 電話では解決できなさそうな事案なら、田中さんのフォローアップを仰げばそこはいいわけだし…。この大変な時だから、私も少しくらいなら協力するわ。
田中 マジ!? ありがとぅぅぅ日南さ―――――ん!!!
晴花 まだ決まったわけじゃないから…。ま、あとは田中さん次第ってコトになっちゃうけど。
田中 それはそうだ…。でも、せっかくいろいろと力を割いてくれたんだもん。今度はアタシが経理課に売上伝票をどんどん送り込まないと…ふたりに申し訳が立たないね。おおきなプレッシャーだ…。でも、やるしかないな…。
田中 じゃ…チラッと見て気になったトコ、さっそく上で解析させてもらうよ。ホント、ありがとね。
綾子 お役にたてたら…うれしいです。
晴花 応援してるよ!
[挿絵]晴花の申し出