ひとりマーケティングのためのデータ分析

StoryPart

Chapter 3 > Section 4

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翔太 …央部大学4年。為原ゼミの篠部ささべ翔太と申します。
本日面接のお約束を頂戴し、参りました!
晴花 …………………………えっ
翔太 …勝手なことして、すみません(ニコ)
晴花 ………
晴花 す、すみませんじゃないでしょ! 一体どういうこと! 説明しなさいよ!
翔太 あの! ちょっ…

晴花は翔太の左手をむんずと掴むと、ドアの外から経理課の中へと引き入れる。

そして人目をひく開閉音をたてないように、手早くも丁寧にドアを閉じた。

翔太 …誰も、いらっしゃらないん…ですか?
晴花 私だけ。…今は。でも誰が来るかもわからない。
端的に説明して!
翔太 この会社で…晴花せ…いや、晴花さんと一緒に働けたらと思って…。
晴花 …………
晴花 ね、翔太くん。自分が何を言ってるのか分かってる?
だいたい翔太くんは、もう就職先だって決まってるじゃないのよ!
翔太 10月までなら、まだ正式な内定ではありませんから…。
晴花 …つまり、場合によっちゃぁ、先方さんをお断りしようと?
翔太 …はい。でもわかってください。晴花さんと一緒に働ける…僕にとっては、これ以上の有意義な環境なんてないんです。
翔太 もう会えないと思っていた晴花さんに…再び、会うことができたんです。僕にもやっとチャンスが巡ってきた…。このチャンスをふいにしたくありません!
晴花 アンタってどうしようもない…バカね。このあいだも言ったじゃない、私、翔太くんのこと…
翔太 それは! …わかってます。確かに、晴花さんに見合う男じゃないのを理解していなかったのは、僕の方でした。
翔太 だから少しでも晴花さんに追いつけたらと。晴花さんに認めてもらえるような男に…なりたいんです。
晴花 バカ! バカ! バカっ!!
晴花 何で私の気持ちをわかってくれないのよ…
私は翔太くんのためを思って…
晴花 なのに何で…何で…
晴花 何で…何で…こんな勝手に…
相談ぐらい…しなさいよ。
翔太
翔太 でもそしたら晴花さん、認めてくれないですよね…。
晴花 あ・た・り・ま・え・で・しょ!
翔太 ですよね…。
翔太 …顛末は、今夜、必ずお話します。面接の時間も迫っていますので、今は…このわがままを許してください。
晴花 ………
晴花 …翔太くん。この期に及んで…もし、私の立場を尊重してくれる気があるなら、これだけは約束して。
晴花 私との関係を誰にも言わないで。その…昔のこと。
…私、この会社にいられなくなる。
翔太 もちろんです。僕のためにもなりませんから。
晴花 …上に連絡してあげる。少し待ってて。

晴花は総務部長に “面接対象者” がやってきたことを伝えると、翔太の先を歩いて二階の応接へと導いた。

互いに見知った仲のふたりとは思えないほど 淡々とした所作で案内を終えると、晴花は、内心の動揺を誰かに気取られているかのような恐怖に襲われる。

もう、ひと時たりとも翔太と同じフロアにいたくなかった。

彼が嫌い―――なのではない。他人の目線が交錯するなかで、これ以上、ポーカーフェイスを保てる自信が…ただ、なかった。


―――晴花は足早に経理課へと戻っていく。


それから半時間ほどたって、銀行に出かけていた綾子が戻ってきた。


綾子 ただいまです。今日は入金スカスカでしたよ!
綾子 ま、笑いながら言うことじゃないんですけどね。それと振込み頼まれた分は…と。これ、受付書の控えです。どうぞ。
晴花 あ、ありがとね…
綾子 どーしたんですか晴花さん。顔色よくないですし、急に元気なくなっちゃいましたYO!
晴花 あ、あのね、綾っち…実は…
晴花 驚かないで聞いてくれる?
綾子 あらたまって。何か…ヘンですよ。
晴花 …お、驚かないで聞いてくれる?
綾子 はいはい。何でも受け止めますよ。晴花さんは私の大事なお友達ですから。…って大げさですよ。
晴花 あのね、さっき面接の…
綾子 あ!そうでしたね。面接の人、来ました? どんな人でした?
晴花 それが…綾っちも見たことある…
綾子 えっ!? 私が?
晴花 うん。し…し、し…し………

階上から、靴音が降りてくる。それが聞こえると、晴花は何も言えなくなった。

靴音は経理課の前で止み、その主が静かにドアを開ける。

翔太 …面接、終わりました。本日はありがとうございました。
晴花 お…つかれさま…でした

あらたに綾子の姿を認めた翔太は、綾子に向かって軽く一礼した。

自分に向かって礼をした人物を、綾子は忘れていない。ただそれは “大事なお友達” に深く関わる人物に違いないが、およそこの場と結びつく要素をもたない―――人物のはずだった。それが、綾子の目前にいる。違和感が、堪らなかった。

綾子は礼を返すのも忘れ、呆然とする。翔太は晴花に対して視線をちらりと残し、リサーチサービス社をあとにした。

晴花 そういう…ことなの………
綾子 そういうことって…。さらっと片づけないでくださいよぉー!
綾子 いったいどういうことですか? 説明してくださいよ、晴花さん。
晴花 ………と言っても、聞きたいのは私の方で…。
綾子 じゃあ晴花さんも、知らなかったと!?
晴花 (コクリ)
晴花 いや。その…彼からしたら、動機は単純だったみたいなんだけど。私と働きたいっていう…
綾子 ウソ! すごいですね…。って言うか、それ…ある意味、一線超えてますよ…。さすがに、ちょっと引いちゃいます…。
晴花 翔太くん…私にとってはかわいい弟みたいなもんだから、別にそういう嫌悪や危険はまったくないし、いいんだけどね。ただ、彼、ああいうストレートなヤツだから、結果的に私が彼の人生を掻き乱しちゃってるだけのような気がして…。
晴花 いずれにしろ…彼から説明をしてもらうわ。
綾子 です…よね…。

その日遅くになって、翔太から晴花の携帯電話に連絡が入った。

翔太は、晴花に納得してもらいたい一心で、動機から、ことここに至った経緯までを正直に説明した。

9月下旬 12:40
Navi in Bottiglia

翌日―――。

社長 (回想)…自転車のカギをくれ。
綾子 (回想)こんな時間からお出かけですか?
社長 (回想)ああ、ちょっとな。オレが戻る頃には、君らはもういないだろ? とりあえず、明日の朝までカギはオレがもらっておくぞ。
綾子 (回想)わかりました。行ってらっしゃい。
綾子 ……………
綾子 あぁ、あの時!
晴花 うん…駅前の○○カフェで、社長と。
綾子 翔太くんさんが…社長に?
晴花 …だってさ。ウチ…新卒採用してないじゃん。変な理由だけど。だから翔太くん…どうしたらいいか悩んだみたい。
晴花 それで、ウチの社長に直接懇願してみるって…彼らしいけどケッコーな暴挙に出たみたい。決まってるよね、あの社長だもん。体よくあしらわれるだけじゃん。
晴花 それでもしつこく何度も何度も…。翔太くん的にも、内定のタイムリミットが迫ってきて焦ってたと。ことあるごとに熱意を伝え懇願したんだって。
晴花 バカだよね。ウチの社長知らないから…。
当然、対応にいらだちはじめた社長も、その、直接引導を渡してやろうというか…最後にはそんなカンジになったみたい。
綾子 それであの日…あそこのカフェに?
晴花 うん。で、社長に言われたらしいよ。
「見込みある人物ならばその人となりを社で見ようとも思うが、キミならここで十分だ」…と。
綾子 あちゃー。そこまで打ち砕かなくてもいいのに…。
晴花 結局その日、明け透けに…コテンパンにやられ、さすがに翔太くんも「あきらめざるをえなかった」って言ってたけど。
綾子 …それがどうして、社長。急に翔太くんさんを面接する気になったんでしょう?
晴花 さぁ。翔太くんも最初、ウチから電話かかってきたときは追い討ちかと思ったようで。ウチの部長が、社長の真意をこっそり諭してくれたと言ってたけど…。
綾子 …ホントですか? なーんか、ウチって想像以上に打算的…。
晴花 だよね。部長、翔太くんには上手いこと言ったようだけど、結局…タイミングだよね。私たち、あの日、現場で社長と宮地さんとのやり取りを見てたんだし。もう、打算的過ぎて…。
綾子 …でも、翔太くんさんの資質あってこそですよ。社長が自らのポリシーを…その、一時のなりゆきで破りますか? 私にはそう、思えませんけど。
晴花 いや。もちろん綾っちの言うとおりさ。そういうところが、打算的過ぎて…なーんか萎えちゃうって話。
綾子 なるほど…。
晴花 綾っちお願い。
綾子
晴花 たとえ、翔太くんと一緒に働くことになったとしても…その…私と翔太くんのことは…
綾子 わかってますって。私は晴花さんの味方ですよ。会社の中であらぬ噂を立てられても、仕事やりづらくなりますからね。もし私が晴花さんの立場だったとしたら…きっと、同じように黙ってます。
晴花 ありがとう…綾っち。
綾子 あ、いけない! こんな時間。
晴花さん、そろそろ戻りましょ。

ふたりは優里に別れを告げて、店を出た。

綾子 今、気づいたんですけど……………あれ、何ですかね?

綾子は、ナーヴと道路を挟んではす向かいにある敷地をさした。

最近まで、駐車場であったはずの場所だ。

敷地の周囲は白いビニルシートで囲まれていて、そのわずかな隙間から足場などの建材用具が覗いて見える。

晴花 マンションとか、貸しビルとか…建つんかな。最近この辺そんなんばっかだし。
晴花 マンションだったら、会社にも近いし…。
よぉーし綾っち。ふたりで部屋買って一緒に住もっか!
綾子 私たちの誰が…そんなお金、持ってましたっけ?
だいたいそんなモン買ってたら、結婚資金さえなくなりますよー(ボソッ)
綾子 それに私に彼氏が出来たら…どうやってハッピーライフを楽しめと(ボソボソッ)
晴花 私より、出来るかさえわからない彼氏の方を選ぶとは…
晴花 綾子許すまじ! この手刀で、カラダでわからせてやるぅ~!!
綾子 ひえぇぇぇ~
晴花 待てぇ! この――――!

ナーヴからの帰り道。

いい歳をした大人ふたりが、街路で必死になって追いかけっこをする。そんな恥ずかしい姿を、ふたりはさらしていた。

9月下旬 16:30
リサーチサービス社

その日の夕方―――。

綾子 ところで晴花さん。
綾子 安堂さんの営業力! アぁぁぁぁーップサポぉぉぉぉーッ!
綾子 …のためのSWOT分析…おぼえてます?
ほら…先月、途中までやったじゃないですか。
綾子 えーと、えーと…
綾子 コレですよ。
SWOT分析表(途中まで)
晴花 うっ…
綾子 要検討―――――。この部分、晴花さんの…まぁ、宿題みたいなもんでしたよね。
晴花 ソウダッタッケ…アヤッチノ、カンチガイダヨ…
綾子 ん? 何か、言いました? 晴花さんなら、トーゼン、何かやってくれてますよねー。ね――――――――――?
晴花 いや、その…いろいろあったじゃん。なんかこう…地球の危機的なコトとか。そっちの方で忙しく…
綾子 ないっ! ないっ! 平和っ! そんなこと断じてない!
晴花 はい…すみません。今から考えます(汗
綾子 …いや。いいです。
晴花 えっ?
綾子 …聞いてくれれば、それで。この前、私、あることに気づいたんです。
晴花 この前…って言うと?
綾子 田中さんと、相関分析したときですよー。ほら…
綾子 (回想)それなら…すぐできると思います。今から調べてみましょうか?
RS3部 田中 (回想)あ、うん。おねがい。

……………

綾子 (回想)お待たせし…
綾子 (回想)…
晴花 (回想)ん、どーした?
綾子 (回想)あ…いえいえ。何もないです。すみません。
金額ベース…でいいですよね?
綾子 …の時ですYO。
晴花 はいはい…そういや綾っち、一瞬固まってたね。どうしたのかと思ってた。
綾子 その時、ひとつ…これって外部環境要因じゃないかなー…なんてのが見つかったりして。
晴花 ウソ! マジ!?マジに!? 教えて教えて。
綾子 いや、ケッコーあてずっぽうなんですけどね。だから一度、私が的外れなコト言ってないか、晴花さんに見てもらいたくて…。
晴花 うん。うん。見るよ!
綾子 じゃ、見ててくださいね。お願いします。

スライス&ダイス分析の手順(例)をひらきます

綾子 …と、いうことで。今の手続きで注目したいところをあげさせてもらいますね。
綾子 まず……………ティ!
企業調査(最重要商品)の顕著な落ち込み―2年前を基準に50ポイント減
綾子 あらためて、看板商品ってのはイタいですよね…。
綾子 …で、これについて、安堂さんに限って見ると……………ホイッ!
企業調査(最重要商品)の販売が不安定―成約を記録した月は全体の25%
綾子 全体の傾向に沿うかたちでした。いや、むしろ厳しい方向で、と付け加えるべきかもしれません。うち18ヵ月は、看板商品の販売なしで、やってこられたわけですから。
綾子 以前私がさらっと見たとき…他にも同じような傾向にある方が多かったです。ただ、中にはその落ち込み分を、他の商品でカバーされている方もいらっしゃいました。それはすごいことですけど…なかなか真似できるようなことじゃありませんよね。
綾子 …で、最後はこれです……………ソリャ!
全商品について金融(特に銀行)の売上構成比が半減―3位 → 7位に
綾子 こんなにも減っていたとは…正直、予想外でした。それもこれも、田中さんに頼まれたあの…構成比からたどり着けた事実なんですけど。
綾子 銀行さん、ですよ。ウチの会社にとって、“相性のいい” 業種のはずですよね。少なくとも、私が入ってすぐの頃、前任の先輩に「銀行さんとの取引は特別な意味を持つから、常に気を払うように」…そんなことを言われたコトがあります。それくらい重要であったはずなのに。
綾子 だから、数字でも出してみたんです。…このあいだの、相関係数ですけど。
看板商品の売上と各業種の売上が…その…どんな数字になってくるか。
綾子 それが…これです。
業種1-9と重要商品の売上との相関係数:業種3のr=0.542
晴花 銀行(業種3)が…いちばん大きい。
綾子 ただ、看板商品の落ち込み(売上)と各業種の売上とに…直線的な関係があると仮定して、その…外れ値なんかについても詳しく検証したりしていませんから、参考程度なんですけどね。
晴花 そのへんを割り引いても…なんかいろいろと考えさせられるお話ね。
綾子 と、いうことでー。
綾子 結局ですねー、キュッキュ…ペタペタ………。えいや。
綾子 ………「脅威」が増えちゃいました。てへぺろ。
晴花 …。
晴花 てへぺろはともかく、結果は結果。仕方ないわ。
晴花 でも綾っち、なかなかや…
綾子 おっと! 終わりにしちゃダメですよ。
綾子 あえなく私がこんなんになりましたので、やっぱり晴花さんの宿題はそのまま継続としまーす。
晴花 うぐっ…
晴花 ッテイッテモサ…ヤッパカンタンナハナシジャナサソウダヨネ、コレッテ…
綾子 とりあえず、弱音のつぶやきは私には聞こえませんから。ニコ。
晴花 (聞こえてんじゃん!)
晴花 (さっきの綾っちの見立ては、確かに納得させられるトコだし…これだけ材料が上がった以上、結局安堂さんを巻き込まないと発展させられる話じゃないよね)
晴花 (ちょっと強引だけど…やっちゃうか。納得してくれるかな…)
晴花 ひ、ひっ! ひらめいた。
綾子 ホ! ホントですか!?
晴花 こ、ここに書き加えるね…カキカキ…カキっと。
SWOT分析表・完成
綾子 わ、私?
綾子 もぉー! 冗談はよしてくださいよぉ、晴花さん…。
晴花 いや…マジっす。マジメもマジメな話。
晴花 だって安堂さんには綾っちの強力なサポートがあるわけじゃん。誰でももらえるわけじゃない。それに、もらおうと思っても綾っちの気持ちがなきゃ…もらえない。つまり、綾っちのサポートは外部環境。それも「機会」以外のナニモノでもないと思うな…。
綾子 (なんか上手く話をまとめられた気がしないでも…ないぞ)
綾子 …て、いうか! なんで私だけなんですかー! 逃げようったって、逃がしませんよ! 晴花さん!
晴花 ……ソコ。ツンツン。

晴花はSWOT分析表の一点を、身体を縮めるようにしてゆびさした。

綾子 ん。 ナニコレ? インク汚れ?

綾子は、晴花がさす場所に見える小さな点の塊に目を近づける。

小さな文字で「私も少しなら…」
綾子 ……ってオイ!
綾子 もう! ホケンかけるの上手いんだからぁ! 狡猾っ!
晴花 いや、あの。最近米粒アートにはまってて…。
綾子 はじめて聞いた。却下。
綾子 晴花さん…もしかして、男のヒトにもこんなことしてんじゃないでしょーねー。殺されますよ。
晴花 ば…ばかっ! 私はイチズなのっ! あ、相手さえいれば…
晴花 そーデスカ。じゃ、晴花さんと私は同じくらいがんばってみるってことで…
晴花 いいですよね。ニコッ。
晴花 も…もちろんよっ! そんなの、最初からそのつもりよ。
晴花 何してるの。さ、やるわよ綾っち。
綾子 はーい(シメシメ)。
晴花 それぞれのセルをクロスさせて考えていくよ。
じゃ、まずは…これとこれだね。
S(強み)xO(機会)
綾子 強み(S)と機会(O)……
晴花 綾っちが安堂さんだとして…この2つを重なり合わせて考えると、どう?
綾子 そりゃー、イケイケドンドンですよー。
綾子 だって、 “みんなとの差が小さい今こそ、質の高いレポートを武器に抜きんでる! ” みたいなアイデアが浮かびますし…
晴花 だよね。言わば安堂さんの “フトコロ”。安堂さんとしては、ここで戦いたいところ。
晴花 じゃ、次。
これとこれは?
W(弱み)xO(機会)
綾子 今度は、弱み(W)と機会(O)、ですから…
弱みは機会の妨げとなるわけだし。えーと…
綾子 イケイケドンドンレベルを高めるのに解決が必要な課題!…ですか?
綾子 たとえば “私のサポートがあっても、そもそも既存のお客さんが少なくて身動きが取れない” なんて状況が浮かびますから。
綾子 あっ! これ。実際に似たようなことありましたね…。 私がデシル分析表からサポートできなかったこと…。
晴花 うん。逆に言えば、ここで浮かんだ課題は、あとになって “フトコロ” で戦えてるかを何より忠実に物語る要素―――そんなカンジにはなりそうだね。弱点を浅くできるか…っていうことなわけだから。
晴花 …さ。次いくよ。
これとこれね。
W(弱み)xT(脅威)
綾子 弱み(W)と脅威(T)、サイアクの組み合わせ…
負けるための手筈ですね。
晴花 どういうこと?
綾子 えっ? だって、負けたいと思えばこれを無視しとけばいいんですから。
綾子 たとえば… “お客さんを維持すること、ライバル社…とりわけBBIですかね…の動向を注視すること” の反対方向に利点があるとは、ここで思えるわけないですよぉ。
晴花 なーる。その意味では、わが身に降りかかる火の粉…とでも言えるか。できるなら、すこしでも振り払っちゃいたいもの…ってカンジかな。とにかく、身を守るための発想に近いとこだね。
晴花 じゃ。最後。
残るは…これとこれってことになる。
S(強み)xT(脅威)
綾子 強み(S)と脅威(T)…
これはどう考えたらいいんだろう。
綾子 “誠実な人柄を活かし、社長に取り入る”?
晴花 ぷっ。何なのよ、それ。いきなりサラリーマン社会の縮図みたいなこと言わないのー! たいてい逆だと思うけど…
綾子 じ、じゃあ…“誠実な人柄を活かし、銀行さんとの関係を改善する” とか?
綾子 …うへぇ。ハードル高すぎ。当事者じゃない私でさえそう思います、ね。
晴花 是非はともかく、発想はそんなカンジになるかな。あと少し、加えて考えてみよっか。
晴花 たとえば、比較的読みやすいところとなると… “質の高いレポートを武器に、ライバル社の攻勢を撥ね退ける” なんてふうにも読めるじゃん?
綾子 ふんふん。
綾子 ああ! そっか。強みを使って逆境を撥ね退ける視点…ということですか。
晴花 うん。差別化…というヤツだね。
綾子 ………うーん。思わず納得。
綾子 でも確かに、こうやっていくつかの発想を見てきたわけですけど…。
それでどう対処すればいいのか。SWOT分析って、その具体的な答えを示してくれるわけではないんですね。
晴花 それは…これからの綾っちや安堂さん次第よ。
綾子
晴花 私も、たぶん綾っちも、きっと考えは同じと思うけど…。
今の安堂さんの状況…
晴花 現状のまま “フトコロ” を主戦場とすることは、難しい…そんなふうに思わない? 社長の方針、時間、それに今はまだ未知数な安堂さんの性格的なところだってあるかもしれないし…すべてがすんなり混ざり合うって感じには…思えないよね。パズルのピースが足りないというか…そんな感じ?
綾子 イケイケドンドンラインが、今はしっくりこない…ってことですよね。それは確かに…なんとなく思ってますけど。
綾子 …その先に、はたして答え…見つかりますか?
晴花 私もわからない…。
晴花 でもきっと近づけるって。
綾子 うーむ…
晴花 今すぐどうこうってわけじゃないし…ま、ゆっくり過程を楽しもっ。私、綾っちがスライス&ダイスで教えてくれたこと…「すごい」って言いたのかったのも、それあってのことだから。どこで芽が出るかわからないよ。
晴花 それに…次は安堂さん巻き込んじゃえばいいしさ。今はいちばん田中さんの力になりたい時だし、それでいいじゃん。
綾子 …確かに。それもそうですね。はい!
9月下旬 17:50
リサーチサービス社

別の日―――。

晴花 …いつもありがとう。
荒木 なに。
晴花ちゃんがよろこんでくれるなら、捨てずに持っておいてよかったと思うし。

受付台で、荒木より紙袋を受け取る晴花。

たびたび繰り返される光景を、綾子もこっそり窺っていた。

晴花 借りてばかりじゃ悪いので。これ。
私のですけど、よかったら。
荒木 ん?

晴花の差し出した紙袋を覗き込む荒木―――――。

荒木 おぉ! これは。
いいの?
晴花 うん。
荒木 オイラにとっては未知の領域…だけど、楽しませてもらうよ。
それにしても晴花ちゃんは…知れば知るほど意外だよ。

そのとき、経理課に田中がやって来た。

田中 おつか…れー
荒木 じゃ、そういうことで。また。

田中を避けるようにして、荒木は経理課を出ていった。

田中 荒木さん?

田中は、受付に立っている晴花に、同じ会社の人間でありながら、まるで出入りの業者の名前でも確認するかのような尋ね方をした。

晴花 うん。
田中 今、親しそうに…その、しゃべってなかった?
晴花 「親しそうに」って。ふつうだよ。田中さんや綾っちとしゃべるように。
田中 いや。それがおかしいのよ。

田中は、周囲に人の気配がないことを確認して、小声で言った。

田中 だいたいそんな人じゃないのに。アタシたちだって正直よくわからない。
こういう事言うのもナンだけど…よからぬウワサもいろいろ聞くし…。
晴花 ウワサ…?
田中 …いや。あの…ここでは…。
とにかく、自分を見せない人だから、日南さん…あまり隙を見せない方がいいわ。
晴花 そんなことないと思うけどなぁ…。
晴花 …ところで。
晴花 どう? その後?
聞くまでもないかな?
田中 …そうそう。その話をしに来たのね、アタシ。
晴花 ここじゃアレだから、中へどうぞ。

田中は、晴花の招きに応じてフロアの奥に歩み入る。

そして、今この時間はその主が不在である、総務部長と初江の共有デスクに着座した。

田中 綾っち、コレ。3枚よろしく。
綾子 売上伝票! 待ってました!
田中 …いやー。ウチ2枚は、前言ってた確定分なんで。
田中 残りまだ…50万も埋めなきゃならない。
晴花 (この言い方…元気ないな。やっぱりキビしいか…)
田中 石井クンは?
綾子 あ! んーとですね…カタカタ……………
綾子 累計で今、50万円とちょっとですね。
田中 ………順調なことで。うらやましわ。
綾子 と、いうことは、田中さん。見通し…キビシそうですか?
田中 ………うん。そんな感じ。
綾子 あれからどうなったのか、教えてもらえるとうれしいです。
晴花 私からも…お願い。
田中 うーん…。
ひとことで言えば、あの数字(相関係数)は正しかった…ていうこと。
田中 正直、サービスの高評点企業さんからは、ウチは…存在自体を軽んじられているわ。ここずーっと開拓しようとして感じた…正直なところ。
綾子 …。
田中 宝の山が転がってるのに、なんで誰も飛びついてみようとしなかったんだろ…って思ってたけど、分かってて飛びつかなかっただけのようにも思えてきたわ。…みんなが。
綾子 なぜ、なんでしょうか? ウチがそうなるのは…。
田中 それは…アタシもよくわからない。いや、今は「わからなかった」って言った方が正しいかもしれない。ここに来て、少し見えてきたことだから。
晴花 と、言うと…?
田中 やっとの思いで会ってもらえたトコに、それこそやっとの思いで口を割ってもらえたのよ。今日になって。
綾子 晴花 …。
田中 ○○ヘルプケア。聞いたことある?
綾子 ん…。その名前…
綾子 わ、私がここに入って早々に…その! 社内で大問題になってた! あの会社!?
田中 アタシも転職して間もなかったけど…当時のことはよく覚えてる。
晴花 え…なに、何? 私いなかったし…
晴花 でもそこ…倒産したんでしょ? 当時ちょっとした社会問題になってたし。
田中 そう。社会問題になるほど、世間の耳目を集めたってコト。つまり、表向きには…時代に上手くのっかった優良企業だった。
田中 それがいきなりの不渡の末、倒産。ウチも…○○ヘルプケアには、高い評点をつけてたのにもかかわらず。
綾子 高評点倒産…出したんです。調査会社としては…最も恥ずべきこととされる…。
晴花 なるほど…。
田中 派手な見栄えとイメージ戦略に釣られ、背後に潜んだ巧妙なからくりを見抜けなかったと。あそこを担当した人を、社長は許さなかった。今、その人がいないのはそういうこと。高評点倒産っていうのは、それくらい…ウチのような会社にとっては重いことなの。信用を一気に失ってしまうからね。
晴花 …それが尾をひいている、ってコト?
田中 アタシでさえほとんど忘れていたことなのに。でもサービスをなりわいとする…広い意味で同業とする人たちには、あの事件はどうやら過去の事じゃない。
田中 もっとも、今回クチを割ってくれたところが言うには、○○ヘルプケアについての風評…業界では古くから共有されていたって言うくらいだし。そんなんだもん。アタシが逆の立場であったとしても、絶対ウチは信用しないよ。

綾子 晴花 …。

田中 そんなこともあって、業界の中でも少し業態を異にしたり、創業間もなく社歴が浅かったりと…比較的風評から遠いところにいた企業さんが、ウチの顧客として、必然的に中心となってくるわけで。この前わからなかった点…すべてが線になって結びつきつつあるわ。…残念ながら。
田中 カベ。カベだわ。まさにカべ。
負けるつもりはないけれど…このカベは想定以上。思ったようには進まないものね…。正直、お手上げかも…。
綾子 田中…さん…。
晴花 …。
晴花 田中さんっ…あ、あきらめないよね?
田中 まさか。やると決めたのはアタシなんだから。
この路線じゃ行き詰まっちゃったかなっていうだけで。
田中 …ま、気分が沈んじゃうのも何かとマズイし。
帰ってゆっくりおフロにでも浸かりながら、打開策、考えてみるわ。

田中は、ふたりに向かって照れたように笑っている。そして、
「とりあえず、それ、よろしく」
と、綾子に手渡した三枚の伝票の処理を頼み、上へ戻ろうとするときだった。

ドアノブに手を掛けた田中の背中に、晴花が声をかけた。

晴花 田中さんっ…待って!
田中 …!?
晴花 ひとつ、教えて。ウチを信用していないところ…そんな会社さんだって、どこか使っているわけでしょう?

きょとんとした表情を、晴花に向ける田中。

田中 …それは、そうよね。いや、そうでしょう…。でも、それが?
晴花 どこ!?
田中 …わかんない。わかんないけど…おそらく、BBI以外に勢いのあるところは、今、ないでしょう?
晴花 …だよね。
田中 …何? どういうこと?
綾子

田中はドアノブに掛けた手をすっと放し、晴花の方へ身体を向ける。

晴花 BBI…チョーシにノってる相手だし、戦い方のヒントなんか、意外と背中に貼り付けちゃったまま暴れちゃったりしてたりして。
晴花 ―――今、組織としての勢いがあるBBIに、はたして小回りの利く動きなんて可能なんかな。
晴花 誰から決められるわけでもない…田中さんは、田中さんでしかなかなか注目をなしえない突破口を、きっとすでに内面に抱えてると思うんだ。
晴花 それが何かは私にはわからないけど…それはたいてい、何かあたらしいことじゃなく自分が過去に経てきた学びや体験の中に転がっているはず。長い目で見ればそれはリクツを極めることと両輪かもしれないけれど、過去に自分が素直にすごいなー・役に立ちそうだなーと思たり、相性がよさそうだと感じたりしたまま眠らせている、直感的な情動みたいなものかもしれない。
晴花 あ…。現場も何もわからない私が、ましてや抽象的でエラそうでつまんないこと言っちゃってごめん。だけど私たちも田中さんと一緒に戦っているつもり。ひとりじゃない。それを伝えておきたかったから。
綾子 その通りですよ! まだ時間はありますから。できることは何だってやりますから、どんどん使い倒してやってくださいね!

田中 …ちょっと。やめてよ。

目頭に熱いものがこみあげてくる感覚と、田中は必死に戦っていた。

そして微かな笑みを浮かべながら 恥ずかしそうに一度だけうなずくと、上階への階段に向かって歩き出した。

[挿絵]却下!