ひとりマーケティングのためのデータ分析

StoryPart
Chapter4 -Fourth Step

Chapter 4 > Section 1

10月中旬 9:10
リサーチサービス社
社長 …というわけで、来年度からわが社の将来を担う新戦力を紹介する。篠部翔太くんだ。
翔太 篠部ささべ翔太です。当社の一員として働けることを光栄に思います。知識の上でも人間的にも未熟ですが、先輩方から多くを学び、少しでも早く戦力としてお認め頂ける日が来るよう努力します。どうぞ、よろしくお願いします!

場は、静まり返っている。

総務部長が催促するように手を叩いて、ようやくまばらに拍手が起こった。

翔太 (…うっ)
社長 わが社は、口だけの輩に用はない。必要なのは、実を伴う戦力だけだ。彼はそこを理解している。「1秒でも早く戦力として貢献したい」―――彼のそうした希望もあり、入社前ではあるが、合間合間に可能な限りアルバイトとして参加してもらうこととなった。
社長 古い体制に別れを告げる過渡期だ。これからの人材には私と苦難をともにできる経営者意識が欠かせない。そのためには広く遍く会社の事情に精通していく必要がある。
各部の長には伝えているが、ローテーションで現場を学ばせることはその一端だ。彼の指導担当となった人間は、十二分に責務を果たすように。
社長 以上、解散!
綾子 晴花 …。
10月中旬 8:40
リサーチサービス社

さて、田中の勝利で九月も幕を閉じ、リサーチサービス社は無事にあたらしい月を迎えた。

決算の仕事に忙殺される中、綾子は翔太が幾度か来社したのをおぼえている。そうしたやり取りを経たのち、綾子たちは翔太の採用が決まったことを知った。


そして、月も半ばのこの日。


アルバイトとしてはじめて社のメンバーに加わることとなった翔太が、出社した。全体朝礼が始まるまで、彼は経理課で待機することになっている。

朝礼から遡ること、およそ30分前―――。


翔太 篠部翔太です。綾子さんは晴花さんの大親友で大先輩だって聞いてます。よろしくお願いします、先輩。
綾子 …セ、センパイ?
綾子 私は社歴的には晴花さんより先ってなだけで、それ以外のコトはすべて晴花さんに頼りっきりな身なので…。センパイなんて呼ばれるのはどうにもくすぐったいです…。
綾子 それに翔太くんさん、私より年上じゃないですか。「先輩」なんて呼ばなくていいですよ…。おまけに敬語じゃなくてふつうにしゃべってくれれば十分ですから。
翔太 …と言いましても…………。
綾子 晴花さんとか仲のいい人たちは、みんな「綾っち」って呼びますから。よかったら、そう呼んでください。
翔太 …う~む。
晴花 ここは体育会じゃないんだし。綾っちがそう言うなら、それでいいじゃん。翔太くん。
翔太 …でもいきなり「綾っち」ってのは…。
翔太 …あ、「綾子ちゃん」じゃダメですか?
綾子 全然。でも敬語はイヤです。
翔太 じゃぁ…………あ、綾子ちゃん。よろしっ…くっ。
綾子 はい! こちらこそ。

そのとき、総務部長が翔太を呼びにやってきた。

総務部長 篠部クン。時間だぞ。

総務部長は、彼を朝礼で紹介するため、場を移動するよう促す。

総務部長 キミは先にボスのところへ。
翔太 はい。

指示を受け、翔太は、荷物を抱えて経理課を出た。

総務部長 それと、日南クン。忙しくなるぞ。
晴花 …な、何でしょう?

はじめに綾子を必ず立てる総務部長が、直接自分に話を振ってきた―――自分の仕事に直接関係するコト以外で、そんなことがあろうはずもない。

晴花は直感した。人事、であろうと。そしてコトこの渦中である。その方面でいい話などありえないであろうことを。

総務部長 3部友坂氏、1部石田氏は今月末日付で退社するということに決まったそうだ。以後、必要な手続きにのみ出社する方向になると。両氏の手続きを進めてやってくれんかな。
晴花 …退社? 出社しない? でもって、わ、私が諸事連絡を…?
総務部長 おうよ。事務的な話に、何か問題でもあるのかい?
晴花 いや、そういうわけでは…
総務部長 そういうことだから。9:00より全体朝礼が始まる。ここに鍵をかって、キミらも必ず出席してくれよ。

そう言い残して、総務部長も経理課を出た。

綾子 …き、聞きました? 今の?
晴花 …うん。
綾子 不自然ですよ。こんなの。なんでおふたりが同時に…
晴花 ………田中さんだけじゃなかったんだ。渦中にいたのは。
晴花 私は…おそろしい会社にいるんだな。…くそっ。
綾子
10月中旬 9:40
リサーチサービス社

朝礼後―――。

経理課。

綾子 …翔太くんさん、なんだかカワイソウでしたね。
晴花 不本意にも会社を去る人がいるってときに、手放しで新人くんを歓迎できるようなヒトがいたとしたら、そりゃーすごいことだから…。
綾子 ですよね…
晴花 翔太くんも、いきなりの正念場だな…。これは…。


バタンっ!
田中 おはよー!

田中が、活気に満ちた表情で入ってきた―――。

綾子 あ、おはようです。田中さん。
晴花 おはよー。
田中 あの、早速だけど…例の件。明日じゃダメかな? ほら…アタシがナーヴでごちそうするって言った件。ふたりの仕事が落ち着いたことだし。
綾子 私は大丈夫です。晴花さんは?
晴花 私も。
田中 ちょっとちょっとぉー! ふたりとも、さ…。
いい歳した Lady が二つ返事でオッケーしちゃうのも…別の意味でヤバくない?
綾子 がるる!
田中 じ…じょうだん…なの……れし…た…………ゴメンナサイ(汗

田中 と、とにかく。そういうことなら、決まりだね。…アタシが予約しとく。
あ、そうそう。あと最後だから、宮地さんも呼んだんでよろしく。ウチワの送迎会を兼ねて。
綾子 そうなんですか。大勢の方が、楽しいですよ。きっと。
綾子 …あ! そうだ!
綾子 安堂さんも…呼んでいいですか? せっかくですし。
田中 かまわないけど、でも…家庭第一の人だよ? はたして、急な誘いにのるかな?
綾子 そんときはそんときで。ダメもとです。
田中 なら。了解。
晴花 (キョロキョロ)…わ、私もいいかな? あ、あの…今日の新人くんを誘いたいんだけど…
田中 あの彼を? 日南さんが? ナンでまた?
晴花 い…いやね…私も含め、なんだかみんな、歓迎ムードどころではなかったじゃん? 今日の朝礼。冷静に考えたら、それもちょっとカワイソウに思ってて…
田中 …へぇ、意外。今のこの会社で、そんなコト気にしてても尽きないゾ。そもそもこれから自然、彼も馴染んでくだろうに。
いや、まてよ…さては…

田中 うふ。イケメンくんだもんね~。日南さんが母性をくすぐられるようなコトがあっても、別におかしかないかぁ…ふふ。
晴花 ち・が・う・っ・て…
田中 まぁ、いいや。
あ、結果は教えてね。予約の都合があるからさ。その後の予約はご自由にどうぞ~。
田中 さぁ! 明日は食べるぞー!
…その前に、今日はスポクラ行って、明日の分まで落としとかないとな(音符

田中は晴花を茶化した後、ご機嫌な面持ちで経理課を出て行った。

晴花 (アカン…)
綾子 私が、よけいなことしましたNe…。 安堂さんを巻き込んじゃう、いいチャンスだと思ったので…
晴花 …いや…全然。私がアフォな言い方をしただけよ…。
10月中旬 19:30
Navi in Bottiglia

翌日夜。ナーヴ―――。

田中 宮地さん、お疲れさまありがとう! そして、新人・篠部くん、ようこそ!
では…宮地さんのますますの発展と新人くんの成長を祈念して、乾杯!
安堂 っす!
綾子 晴花 乾杯!
宮地 ありがとう。いろいろと、世話になったね。
翔太 僕は…よろしくおねがいします。

翔太をのぞく五人は、次々と運ばれてくる料理とワインに舌つづみを打った。

―――新メンバーはとかくいじられる。翔太は、食事の味など楽しむ余裕がない。RS部の面々は、そうした初々しい反応を、いたずら心から楽しんでいた。

安堂 何と! うまいね…ここ。宮地くん。
…会社の近くにこれは…びっくりだな。
宮地 だろ? まったく安堂くんは、リサーチャーとしても失格だな。
安堂 冗談になってないぞ。それは。…じゃ、なにか? キミは知ってたと?
宮地 まぁ。でも僕も、実を言うと先日田中さんとはじめて来て知ったんだけど。
安堂 は!? 今さらりとヤバいことを聞いた気がするぞ? …宮地くん、それはダメだ。奥さんに言いつけてやる!
田中 安堂さん、バカ言わないでくださいYO! 仕事の話ですよ、仕事。これでお別れというときに、今聞いとくべきこと聞いとかなくて、いったいいつ聞くんですかぁ。

それからしばらく。
田中は、宮地にあらためてSEM社の礼を告げると、昔を回顧し、あれやこれやと吐露している。それに対して、宮地は笑いながら、自らの思うところを開陳する。

SEM社の件を通じて、宮地から授かったものの大きさが、ここに至って過去の希薄な付き合いを悔いさせる。田中は、宮地と最後に心をひらいて会話ができる機会を楽しみ、時間の流れるのを惜しんだ。


一方、こちらは…

安堂 いや! チミ! 何でウチなの!? 意味わかんなぁい。
翔太 …え。そ、そうですか?
綾子 あ、安堂さん。…大丈夫ですかぁ?
安堂 ぜーんぜん。…くひっ。
綾子 し…いや、篠部さん。安堂さん…ち、ちょっとワインあおりすぎちゃたみたいですね…。
綾子 でもですね、あちらの宮地さんは営業で、こちらの安堂さんは調査の方で、ウチの双璧とも言える人たちなんです。すごい人なんですよ。
安堂 そーんなことを言ってくれるのは、綾っちだけ。結婚して。…くひっ。
綾子 ばーかなこと言わないでください。素敵な奥さんいらっしゃるのに。
安堂 …くひっ。ヨメは…。息子は…。
晴花 (ぁ…)
綾子 どうか…したんですか?
安堂 …向上心のなさに、愛想つかされたよ。
安堂 いまじゃ家の敷居さえまたげない…オレはダメな人間さぁ。
綾子 ご、ごめんなさい。余計なことを聞いてしまって…
綾子 でも、安堂さん、ダメな人間なんかじゃありませんYO! 向上心だってあるじゃないですか。ほら、以前私…
綾子 …ほ、本屋さんで見ました! 「企業会計なんちゃら論」っていう、エライ先生の書いた難しい本についていけるような人が…こ、向上心、なくないです。 そんな姿が、ただ知られてないですよ!

翔太 …!?

安堂 …いいんだよ。事実なんだ。ヨメは間違ってなんかいないの。

安堂 …オレは…モノを売るのが怖いのさ。
安堂 青臭いのぁ分かってる。オレも独り身じゃあない。生活が、ある
ただでさえ低い給料だから、生きるか死ぬかの戦争なのら…。みんなのように、少しでも歩合で稼がなきゃならんのにぃ…
安堂 こわいんだよ…それが…
安堂 バカだろう?…綾っち、今までこんな男だと思わなかっただろう?…アレだ。笑ってやってくれ。くひっ。
綾子 こ、こわいって…? い、いったい…?
ど、どういうことなんでしょう?
安堂 勘弁ひて。ここでは言えない。…くひっ。
安堂 お! そうら!
…若者っ! オレのようになりたくなかったら、流される人間になるなッ! ただ無心でがむしゃらにぃ、励むのら!
安堂 もっとーも!「営業ひとつ満足にできんならぁ、調査指導を担当しなしゃ~い!」っと、本日、あたぁしーがボスよりおうせつかぁーりましたーぁ!
安堂 チミ、ざんねーん! はは、はは…
翔太 いえ、そんなことは。安堂さんに教えていただけるのなら、僕は最高だと思います。

そんな様子で会もたけなわ…さらに時間が経ってそろそろお開きも、というとき。
タイミングをうかがって、オーナーがキッチンから出、皆の前へとやって来た。

ナーヴ 弘毅 皆様ご来店ありがとうございます。オーナーシェフの門井かどいと申します。本日お召し上がりいただきましたお食事は、お口にあいましたでしょうか?

全員 おいしかったでーす!

宮地 こんなおいしいお店だと知って、びっくり。これからも使わせてもらいますよ。
田中 ホント、そのとおり。
安堂 …ったく。いっしょに通える人がいるひとぁ、いいやね。…くひっ。
ナーヴ 弘毅 あ、ありがとうございます。…あとですね、ひいきにしてくださいますお客様への感謝のしるしとして、最後に当店特製のデザートを用意させてもらいました。…もちろんサービスです。今後ともごひいきいただけますよう、どうぞこのとおりお願いします。

全員 ヤター!!

そう言って、オーナーの弘毅は慇懃に頭を下げた。

「こんな習慣、このお店にあったっけ?」―――晴花は思った。

―――そして、デザートを平らげたそれぞれが家路につこうとするとき。

田中 優里さーん、ごちそうさま。すごく楽しかった。
ナーヴ 優里 美希ちゃん(田中)、今日はありがと。こんなにたくさんのお客さんを連れてきてくれて。どうお礼を言ったらいいか。
晴花 え!? 何? ふたりはそんなツーカーなの? いつのまに?
ナーヴ 優里 …アンタが来ない間に美希ちゃんは何回足を運んでくれてるか。彼氏さんともども。…ったく晴花はツカエナイ子よね。
晴花 (ズキュン!)
田中 まぁまぁ…(汗
晴花 ところで…どうしたの? あれ。
ナーヴ 優里 …アレ?
晴花 いや、オーナーさん…弘毅さんが、ああして前面に出ることなんて、なかったじゃん?
ナーヴ 優里 …ああ、それ。それこそ、向かいの “アレ” が原因よ。
晴花 …あれ?
ナーヴ 優里 暗かったからよくわからないかもしれないけど…はす向かいの洋館風のシルエット。それよ。
晴花 あぁ! そういやナンカつくってたね。
ナーヴ 優里 ナンカどころじゃないって! パスタピザ専門店ができるのよ、あそこに。
晴花 目と鼻の先じゃん…マジ!?
ナーヴ 優里 まったく…アッタマきちゃう。ダンナさんも、少しでも流出を止めようと必死なのよ。
晴花 …そうなんだ。
ナーヴ 優里 あっ…あちらのお客さん、まさにタイミング。ダンナさん呼んでこないと。…ごめん、詳しいことはまた話すわ。美希ちゃん、晴花、今日はありがとね。
綾子 < はーるかさん! ちょっとこっちを手伝ってあげてくださーい。宮地さんと翔太くんさんが、安堂さんを支えてまーす。私、通りでタクシーを呼んできますからー!

出口の近くにいた綾子が、レジのところにいた晴花を呼ぶ。

晴花 …あ、うん。了解。 …アンドさん、アルコールまったくだめだったのね。

安堂をタクシーに乗せおえると、皆固まって駅へと歩いた。経理課のふたりにとって、宮地とはいよいよ最後の時だ。

やがて駅に着くと、宮地は、同じ会社でやってきた田中に 晴花に 感謝を伝える。そして翔太の肩口を叩いてひとこと励ましの言葉をかけると、最後に綾子に右手を差し出して握手を求めた。


綾子が手を差し出すと、宮地はもう片方の手を加え、綾子の手を包む。

綾子 (えっ!?)

手の甲に、冷たいものを感じる。

「あそこの」―――宮地は駅の一角に目線を向け、笑って言った。

そして綾子の手をゆっくりと放すと、ポカーンとしている綾子をよそに、いたずら顔で去っていく。


―――甲の上には、ロッカーのカギがのっていた。


そして…。

綾子 (ガチャ)

綾子 あっ。
田中 おあっ! マジ!?
晴花 おおーっ。
晴花 …宮地さん。ホント、心から綾っちに感謝してたんだな…。
田中 ブランドバッグとは…。
綾っち~、何ならアタシがもらってあげよっかぁ~?
綾子 あは…ダメでーす。
10月下旬 16:40
会社への帰路・車中

別の日―――。

田中は営業先からの帰路、ハンドルを握る。その助手席には社長がいた。


この月に入ってから、田中は、サービス業を中心に顧客の恢復を図ってきた。そのために努力を惜しまなかった。リクツ云々ではない。自らの会社がおかした過ちを、他の誰でもない自分が受け入れ、何より詫びることから始めようと思ったのだ。確かに、多くの顧客にとってはいまさらのことだ。が、自分のような若い世代がひっぱってそれを正していく―――そんな強い意志が伝われば、顧客の胸をひらかせることもきっとあると、田中は信じた。


好かない社長を連れ出す機会が増えた真意も、そんなことろにある。田中の視線の先には、あのBBI社による調査がある。いつしか自分の会社の商品でメーカーとサービス業とをつなぎ、相乗的な価値が生まれるような瞬間をつくりあげたい―――そんなビジョンが、おぼろげながら見え始めていた。


あの日を境に、田中は変わった。心の内がそのまま所作に滲むものであるならば、まさしくこう言えるのだろう。


―――ゆとり、があるのだ。


謝罪行脚のハンドルを握るその横顔にすら、穏やかな空気が漂う。


強烈な成功体験は諸刃の剣だ。自分へとその刃が向けば、過分の驕りや慢心、さらには流れに掉さす発想をも枯らす固定観念を生んでしまう。言うまでもなく、ときの判断を曇らせ身を滅ぼすものだ。

短い間ではあったが、バランス感覚に優れた宮地という有能な模範から大きな影響を受けるに至ったことは、田中にとっては幸運なことであったろう。

顧客と一緒に、何でもないことを心から笑い、核心について得意分野から寄り添える姿勢。少なくとも今は、小手先のテクニックに依存しないその姿を、高みから冷静に観察することができる。


徐々にではあるが、舵がようやく、自分にとっていい方向へまわり始めたと田中は思う。それだけに、あの日の記憶は強烈だ。


「綾っちたちが、あの時もし、引き止めていてくれなかったら…」


そう思いを巡らすと、田中は、背筋に冷たいものが走るのを感じる。

田中 …どうしても同行してほしかったところは、以上です。また出てきたら、そのときにまとめてお願いするつもりでいますから。
社長 正直、どうなんだ? オレは未来に目を向けてほしいがな。…SEM社のように。
田中 だからこそ…ですよ。あんな僥倖、続くモンじゃありません。
田中 確かに、少額かもしれませんけど…こうしてポチポチ成約がもどり始めたじゃないですか。社長が頭を下げてくださることこそが、アタシにとっては未来ですよ。現に何件か、マイナスがマイナスでなくなった。このことだけでも、アタシとしてはすごいと思いますけど?
社長 …。
社長 まぁいい。結果を出しているうちは、何も言うまい。

言いやがる―――。

「いちいち微妙なところを突いてくる」―――社長は、そう思った。いや、自分でもわかっている。結局、長い目で見たら収穫においては奇策などノイズなのだ。


しかし、つい半年前。必死の覚悟で退路を断った。「今日の糧を盗んでこられる者を貴ぶ」とさえ明言した。情にほだされず、切るべき人間を切った。それによって、傾いていた会社が、利益を生み出せる体質へと生まれ変わろうとしている。田中の件は、その端緒とでもいえるものだ。にもかかわらず、田中はキレイゴトを言う!


「結局、こいつが自分の力を引き出せたのも、オレの決断があったからこそじゃないか」


悶々としたものが消化できない。

社長は、自分の決断が上手くいっている証明が欲しくてたまらなくなった。いや、実際にはもっと下種なものなのかもしれない。部下が、自分という存在を認めていることを、無性に確認したくなった。

社長 …おまえは今を変えることができた。
田中 …?
社長 おまえの今は、みんなにとっても刺激になる。あとに続くやつらが必要だ。
社長 そのための参考にしたい。おまえにとっての勝因を。
田中 えっ…!?
社長 おまえはどう考える。それを話せ。

田中は、社長の真意を知らない。

心から思うところを、ただ、述べた。

田中 …経理課に決まってるじゃないですか。ギスギスしててまわりはみんな敵ばかり。このたいへんな時に、自分のことのようにして助けてくれたのはあの二人だけですよ。
社長 …経理…課…?
田中 社長の手の内が読めないうちは言えませんでしたけど、どれだけ助けてもらったことか。ドロップアウト寸前のアタシを奮い立たせたのも、データをあさって見込み顧客をピックアップしてくれたのも、こうしてサービス業を重視したいって言うアタシの意志をデータから後押ししてくれたのも、それに宮地さんとアタシをつないでSEM社へのアプローチをくれたのだって…
田中 みんな…彼女たち。
田中 アタシ…正直それまで直接お金を稼いでこない間接部門って、何のために存在すんの?ってバカにしてましたねー。でもバカなのは自分だったと。お笑いですよね。
田中 他人の仕事に敬意を払えず、いわんや他人の気持ちをうまく引き出せないことを棚に上げて、あそこをバカにすることで、ちっぽけな自我を守ろうとしてただけですよ。…今思えば。
社長 …。

社長は、言葉をなくした。

退路を、そして甘えを断ち切り、これまでのやり方が誤りだったということを自覚でき、行動を見直せた。きっかけを与えてくれたのは他の誰でもない、“オレ” だ―――そんな趣旨の回答が返ってくることに期待をしてしまった。


「窮屈ながらも期待した軌道に乗り始め、そこに人心がついてくる―――。

そう考え始めていたオレこそに、甘えがあるじゃないか。まったく、ピエロだな」


そんなふうに、社長は思った。

外資のときには人からどう評価されようが無関心を装えた。が、立場を変えた今、田中の口からほろりとこぼれた言葉が、はからずも胸中に大きな空洞を自覚させて仕方がない。

他方、社長はこうも思う。「それを口にしたときから、この会社は再びおわりに向かう」―――と。

「半年前に皆の前で誓った通り、それこそがこの改革のコストなのだ」

―――そう自分を戒めると、社長は口を固く結んだまま、車外に流れる景色を眺めていた。

10月下旬 14:00
リサーチサービス社

月末が近づき、ここ経理課も再びあわただしくなってきた。

秋晴れの澄み渡った昼下がり、ふたりは眠気と戦いながらそれぞれの仕事を処理していた。

晴花 (電話)「…ええ。ホンッと、すみませんと言うしか…。部長に確認したんですけど、証明の類はこちらでしかお渡しできないようです」
晴花 「ご、ごめんなさい。私ではこれ以上どうにも…。時期が来たらお出しできますんで、その際はこちらまで受け取りにいらしてください」(カチャ)
晴花 …ハァ、やってらんね。
綾子 た、タイヘンですNe…。
晴花 「ウチの人間じゃなくなる者に1円たりとも使うな」…だもんな。
晴花 言えるかってーの。そんなコト。第一、事実上の会社都合退職だろうに!
晴花 …ったく、郵送代数百円ごときをケチッて、ひとりの人間の心の底にいらんシコリを植え付けて、アフォかってーの…。
綾子 まったく。…コストを考えるコトって難しいですね。目先の数字ばかりにとらわれると、大切なものを見失うようなこともありそうです…。

そのとき、出先から戻ってきた社長が 経理課へと入ってきた。

新規の顧客を獲得し、売上伝票を綾子に手渡しに立ち寄ったのだ。

社長 …オレのだ。頼んだぞ。

綾子が伝票を受け取ると、無駄口を叩くでもなく、毎度のことのように社長はそのまま経理課を出ようとした。

しかし、ドアノブに手をかけた瞬間、社長の足がはたと止まる。

以前、田中と車中で話したことが、フラッシュバックされるのだ。

田中 (回想)…経理課に決まってるじゃないですか。ギスギスしててまわりはみんな敵ばかり。このたいへんな時に、自分のことのようにして助けてくれたのはあの二人だけですよ…

そうだ、経理課だ―――。

「自分の心にひっかかりを残したものは、ここなのだ」

「背後で黙々と仕事につとめるこのふたりが、自分とは違うやり方で田中という人間を変えたという。以前、ふたりを諭したことがある。“オレの方を向いて仕事をしろ” と。そのためにRS部との間で対立も煽った。なのに、このふたりは飄々としてかわしながらやってきたということだ」


「この小さな会社で、事務屋の評価は、オレの意をくむかどうかがすべてだろうに…
母さんが大事にしていなかったら、よろこんで切り捨ててやるところだ」


社長は、私心に走った。子供じみた嫉妬と言っていい。


「ここらで、一度痛い目に合わせてやろう」


そう思ったら、社長の行動は早い。立ち止まったまましばし考えをめぐらすと、再びふたりの方を振り返り、晴花に声をかけた。

社長 …そうだ、日南くん。
晴花 あ、はい。
社長 初江さんは。初江さんは、最近出社してないか?
晴花 そうですね。ここ2週間ほどは。でも…いつものことなら、近いうちにいらっしゃるとは思います。
社長 そうか。…こんなときに残念だ。

むろん、残念になど思っていない。

そんなことは承知の上だ。ただ見せかけの上では、安直さを遠ざける演出が必要だった。

社長 …いや。これもむしろ天啓、かもしれんな。有能な人員がここにいる、と。
晴花 は?
社長 そうだ。キミにひとつ、やらせてみよう。
わが社にとって、大切なことを、だ。
晴花 な…何をでしょう?

社長はそれについて返答をよこさない。

社長 …仕入帳簿、それと消耗品帳簿を見せろ。
晴花 あ、はい。

晴花が取り出したファイリングされた帳簿を、社長はぱらぱらとめくっていく。

いや。中身など社長にとってはどうでもいい。初江が厳格に管理しているはずなのだ。社長は初江を信頼している。

社長 …やはりな。
晴花
社長 圧縮できるな。これは。
社長 キミが、やれ。
晴花 コストを減らせと? わ、私が…ですか?
社長 このヘンの担当は…キミだろ?
晴花 ですが…私には…
社長 業務命令、だ。以前、今の会社の状況を自覚しろと言ったな。自覚、するんだ。
晴花 は…はい…

晴花の返事を確認すると、社長は一度うなずいて、ドアの方へ体を向けた。

晴花 あ、あの…!
社長 …ん。

晴花は社長を呼び止める。

社長 何かあるのか。
晴花 い、いえ…ひとつだけ。
権限を、教えてください。どこまで私に裁量があるのか。
社長 …現状改善を命じる以上、キミの意思が権限だ。そう思っていい。
社長 だが…。
晴花 !?
社長 …カイゼンは外せない。不利益を与えるな。それが叶わずば、経理課であろうがそれなりの責任は取ってもらう。やるべきことをやった上で、オレに報告に来い。
晴花

晴花は黙っている。社長は、そのまま経理課を離れた。

晴花 眠気が……すっ飛んだわ。
綾子 な、なんかタイヘンなことになってしまいました…。
綾子 ど、どうしましょ…どうしましょ…
晴花 初江さんがいないときに……あぁ…サイアク。
綾子 どうしましょ…晴花さんっ…私、晴花さんに何かあったら…イヤですー!
晴花 なんとかするしか…ないのかな…。私なんかにナニをシロと…。でも、私だって、辞めるわけにはイカナイよ…。
綾子 わ、私も手伝いますから! 何かいい案はありますかっ!!?
晴花 ありがと、綾っち。でもやっぱり…地道にやる以上に、私にできることなんて…ないよ。
晴花 明日からでも合間合間に…安そうな業者さんでもいないか、探してみるわ。
綾子 わ、私も手伝います! いや、断られてもやりますからっ!!
晴花 …ありがとね。
10月下旬 11:10
リサーチサービス社

翌日―――。

社長に命じられた用紙・封筒・消耗品等のコスト削減を図ろうと、晴花は過去の取引記録を追ってみた。そして…

晴花 綾っちさ……。
晴花 用紙と封筒……。記録を見てるとずーっと前から「南港海前ビジネス」社から買ってんだね。私もここに入って何の気なしに昔のやりかた踏襲してきたんだけど…。
晴花 これってナンカ……理由とか聞いてる?
綾子 南港海前ビジネスさん…南港海前ビジネスさん…
綾子 ああ! あのおじいちゃんが持ってきてくれるところですよね。そう言えば…私が入ったときから、おじいちゃん、すでに見覚えがあるから…
綾子 わかんないですけど…どなたかのお客さんじゃないでしょうか? 持ちつ持たれつ的な。
晴花 …だよね。やっぱり。カタカタカタ…

そう言って、晴花は顧客データベースを叩いた。

晴花 ……出てこない。
綾子 じゃ、請求書どうでしょう!? 私、思うところがあります…。
晴花 あ、え!?……これ?

綾子は、晴花から古い請求書の束を受け取った。

綾子 やっぱり! 場所、そう遠くないですよね。港のとこ!
綾子 重量があって場所をとるものですから、はるか先任の方ができるだけ融通の利く近いところと取引しようとしたのかもしれませんよ。
綾子 まぁ、こんなこと言われたのも初めてですし…。ほら、会社ができたころと違って今、ネット通販とかが発達しましたから、見直すのもアリかもしれませんね。
晴花 なーる。確かにそうかも。
晴花 …あと、文具とかは「中村文具店」とか「アズ・クール社」で…。食べ物・飲み物は「瑞穂物産」とか、か。トナーとかは「OAサービスサプライヤー駅西店」っと…
晴花 …カタカタカタ…
晴花 いくつかは、ウチにとってお客さんでもあるね。そうしたことろは、見直すのは危険そうだな。
晴花 てっとり早く片付けちゃおうと思ったら、やっぱり、用紙と封筒…か。
綾子 レポートが商品なウチにとって、たしかに用紙と封筒を使う量はハンパじゃないですからね。なんてったって、あそこも占領されちゃってるほどですし…。
パーテーションと山積みの段ボール箱

綾子はパーテーションの奥をゆびでさし示す。

パーテーションの奥には、山積みの段ボールが鎮座する。この会社では、これらはそもそもは二階の倉庫スペースにおかれるべきものだ。

物資を搬入する業者だって、重い荷を抱えて階段を往復するより、この部屋に置いて行く方がはるかに手軽だ。今では一日数度、レポートの製本と発送を担当する業務課の面々がいくらかの束をここから上げにやってきているが、創業以来の歴史の中で、当初のルールがなおざりになっていったのだろう。


そんな過程で、経理課にはいつしかこのパーテーションが存在することとなった。むろん、リサーチサービス社に来社する顧客に対し、雑多な荷の山を視界に入れさせないための配慮である。

だが、いつしかそれさえ形骸化した。―――何にしろ、この荷の山は、パーテーションの高さを超えて顔をのぞかせているのが常なのだから。

晴花 だね…誰が見ても、用紙と封筒の安いとこ、探すのがいちばんだな…こりゃ。
綾子 手分けしてやりませんか? とりあえず、現状より安いことは絶対として…あと、同等以上の質の製品を売ってることとー、えーと…、万一切らしたときに、すぐ対応してもらえそうなこと。この条件で、近隣の業者さん、電話であたってみましょう。
晴花 …ごめんね。
綾子 なーに謝ってんですかぁ。晴花さんのピンチは、私のピンチですから。ウチのデータベースとネット、それに電話帳も使って、少しづつ片っ端から調べていきましょ!
晴花 うん。

晴花と綾子は、仕事の合間をみながら少しづつ業者をつぶしていった。

たいていの業者は “むこうから来た話” に興味を持ったが、そのほとんどが条件を提示すると 「なめるな!」と言わんばかりに冷笑に付す。―――そうしたことが、何度も繰り返されていった。


そして、後日―――。

晴花 (カチャ)
綾子 どうでした!?
晴花 まぁ、よくわからないけど、問題ないと思う。

絞り込みの末、晴花たちはひとつの可能性を見つけた。

「ステーショナリーズ北中川」という事務用品卸会社が、晴花たちの譲れない条件で取引できる、という。安全を期すため、晴花は同社へ自分で足を運び、現場を確認する。そして先方に頼み込み、見本として一セットの用紙束を譲り受けた。

その見本を持ち帰ると、晴花は業務課の人間に協力を仰いだ。幾種類かのパターンからインクの乗り具合を確認するためだ。念のため、雨水にさらされた状態を想定しての可読性もテストした。これらの結果に問題がないことを確認すると、晴花は再度同社へ出かけ、取引の条件を書面にしてもらい、社に戻った。


計算の上では、月あたりの仕入費用を、仕入の比により年間数%~十%程度削減できる見込みであった。あとは、南港海前ビジネス社からステーショナリーズ北中川社へと仕入先を移すのみだ。


社長は晴花に「キミの意思が裁量だ」といった。晴花の意思でいつでも実行に移すことができるはずだ。だが、晴花には躊躇が生まれた。

「この微妙なときに―――私なんかに大きな権限を与える人…? それが、ひっかかるんだよな…」

抜擢―――といえば聞こえはいい。だがそれは、たとえ今は脆弱であろうとも、人間の資質的な側面に、秘めたものが洞察されるからこそあり得ることなのだ。社長が自分に、そんなものを見出している気配はかけらもない。それ以前に、間接部門の人間にはこと無関心であることを、晴花はよく知っている。

それが晴花の行動に、小さく “待った” をかけた。


「やっぱり、部長に話を通して指示を仰ごう」―――そう、思った。

総務部長 (小声で)…って日南クン、ボスが指示したんだろう? わ、ワタシじゃなくて、ボスに聞いてくれよー(汗
晴花 「やるべきことをやった上で報告に来い」…と言われてまして…。
総務部長 (小声で)いいからいいから。そんな大事なコトは、ボスに通しておいた方が絶対いいって(汗
晴花 そう…ですか。

晴花は仕方なく社長のところへと向かった。

晴花 あの…。
社長 ん…。
晴花 …コスト改善の件で。いい条件を提示した業者さんがありましたので、その業…
社長 …っと!

社長は、掌を晴花の顔前に突き出した。

晴花の話を制すると、ニコリと笑みを向ける。

社長 言ったぞ…。キミの意思が裁量だ。…責任も、伴うが。
社長 責任を持って、やるべきことをやった上で、報告に、来るんだ。以上!
晴花 …すみません。

予想はされた返事にますます失望し、晴花は経理課に戻ってきたところであった。

綾子 …そうですか、ひとまずよかった。
晴花 でもやっぱり…発注量、いつもの半分ほどにして様子を見るわ。最初だし。
綾子 え… 何か、部長に言われたんですか?
晴花 そうじゃないけど…。
綾子 結果が数字になるの、遅れませんかね…それだと。
晴花 …期限切られたわけじゃないし、いいかな。ま、社長のアタマに今回のことが本当にまっとうな目的であるのなら、期限どうこうの危急の課題にそぐわないこと、百も承知してると思うし。
晴花 …さっ。とにもかくにも、電話して注文しちゃお。やることがたまっちゃってるし、こればっかりに時間使ってらんないから。ピポパ…トゥルルル…
晴花 (電話)「リサーチサービス社のヒナミです…あの、先日の件で発注をさせていただきたく…」
綾子 (とりあえず、カタがつきそうで、よかった。…あとは上手く結果が出てくれればいいんだけど…)
11月上旬 9:20
リサーチサービス社

後日、晴花が発注した用紙と封筒がはじめて納入された。

晴花としては、それらを業務課に実際に利用してもらい、顧客から歓迎せざる反応が出ないかどうかを確認しておく必要があった。そこで古い在庫に優先して、届いた商品をいくらか優先して業務課へと運んだ。


それからしばらくの日数が経過したが、社の内外のいずれからも、それらを変更したことによる不都合な声は聞かれない。

ふたりはひとまず安堵した。


―――さて、月があけて11月。ふたりは月初のあわただしさの渦中にいる。

初江もひさびさに出社したこの日。彼女は、早朝より綾子らの仕事にチェックを入れていた。

初江 この数字…3部の彼女…すごいじゃないのよ。数字は確か?
綾子 はい。自信もって。
売上・入金とも…伝票…ぜひ現物で確認してみてください。こちらです。
初江 どれどれ…。
へぇ。おどろきだねぇ。以前の彼女とは別人のよう…。
綾子 ほんと、すごいです。
初江 変わるもんだねぇ、人は…。アンタたち、以前、何かをしたと言っていたけど、いったい何をしたんだい?
綾子 私たちはできることでサポートをしただけです。田中さんに少しでも「仕事がやりやすい」と思ってもらえるような環境になるよう、自分たちなりにやってみました。
初江 具体的には?
綾子 やれる範囲で、データを提供してみました。

そう言うと、綾子は机の引き出しをあける。

綾子 えーとですね、初江さん、聞いてください! こんなのとか、こんなのとか、こんなのを…

綾子はうれしそうに、Zチャートやデシル分析表などを示す。

綾子 これ、見てください。最初ですね、Zチャート使って石井さんにだって勝てそうな可能性が決して低くないことを理解してもらったんです。これをこうして…(中略)…てことで、納得してくれました。で、そしてですね、次に田中さんのデータあさって、この分析表を出してみたんです。これが、田中さんにとって大きなヒントになってくれたみたいです。えーと…(中略)…という訳で○▲※■×…
初江 (汗
晴花 綾ーっち。初江さんのお仕事が進まないよ。
綾子 あああ! 私ったらまた! ご、ごめんなさいぃぃ。
初江 いいのよ。綾子ちゃんがこんなに楽しそうに仕事を語ることなんて、今までになかったことだし、アタシはうれしいよ。
初江 アタシにも孫というモノがいたとしたら、ついついこんな気持ちにさせられるもんなのかねぇ? とっくにいてもおかしかないのに…ねぇ、晴花ちゃん?
晴花 ……………さぁ…どうでしょうか?

初江は、ふたりの自主的な貢献を心からうれしく思った。

そんなふうで、初江のチェックは続いていく。

初江 …よし、と。これはいいわね。じゃぁ次、晴花ちゃん。先月分の購買関係を。
晴花 あ、はい。どうぞ。

晴花は初江に、ファイリングされた伝票の束を手渡す。

晴花 …こちらは、1つ報告しておくことがあります。
初江 …報告?
晴花 用紙・封筒の仕入先、一部を変更しました。
初江 ……………!!

初江はみるみると青ざめる。

あわてて、掻き毟るように伝票をめくっていった。

初江 こ、これっ!!? ステーショナリーズ北中川?? これのこと?
晴花 …は、はい。
初江 じ、じゃあ、アンタ! 海前…海前ビジネスさんは!
晴花 …減らしました。
初江 クッ…………

初江は、頭を抱えてデスクにへたりこ込んだ。

晴花たちは状況が呑み込めない。

晴花 …あの。は、初江さん?
初江 たいへんな……ことを……しでかして…くれたのね………
初江 「独断はダメ」と釘を刺しておいたのに………

初江 ………

初江 少しばかり会社のことに貢献したかしらないが………

初江は、乾いた空気を飲み込んだ。

そして、激しい口調で言う。

初江 出過ぎた真似はよしなさいっつ!!!
綾子 晴花 ………………
[挿絵]On The Job Training