Third Step
Story > Chapter 3 > Section 4
晴花は翔太の左手をむんずと掴むと、ドアの外から経理課の中へと強引に引き入れた。
そして人目をひく開閉音をたてないように、手早くも丁寧にドアを閉じた。
晴花は総務部長に “面接対象者” がやってきたことを伝えると、翔太の先を歩いて二階の応接へと導いた。
互いに見知った仲のふたりとは思えないほど 淡々とした所作で案内を終えると、晴花は、内心の動揺を誰かに気取られているかのような恐怖に襲われる。
もう、ひと時たりとも翔太と同じフロアにいたくなかった。
彼が嫌いなのではない。他人の目線が交錯するなかで、これ以上、ポーカーフェイスを保てる自信が…ただ、なかった。
晴花は足早に経理課へと戻っていく。
それから半時間ほどたって、銀行に出かけていた綾子が戻ってきた。
階上から、靴音が降りてくる。それが聞こえると、晴花はもう何も言えなくなった。
靴音は経理課の前で止み、その主が静かにドアを開ける。
あらたに綾子の姿を認めた翔太は、綾子に向かって軽く一礼した。
自分に向かって礼をした人物を、綾子は忘れていない。ただそれは “大事なお友達” に深く関わる人物に違いないが、およそこの場と結びつく要素をもたない人物のはずだった。それが、綾子の目前にいる。違和感が、堪らなかった。
綾子は礼を返すのも忘れ、呆然とする。翔太は晴花に対して視線をちらりと残し、リサーチサービス社をあとにした。
その日遅くになって、翔太から晴花の携帯電話に連絡が入った。
翔太は、晴花に納得してもらいたい一心で、動機から、ことここに至った経緯までを正直に説明した。
翌日。
ふたりは優里に別れを告げて、店を出た。
綾子は、ナーヴと道路を挟んではす向かいにある敷地を指した。
最近まで、ずっと駐車場であったはずの場所だ。
敷地の周囲は防音シートの張られた足場で囲まれていて、そのわずかな隙間から建材用具が覗いて見える。
ナーヴからの帰り道。
いい歳をした大人ふたりが、街路で必死になって追いかけっこをする。そんな恥ずかしい姿を、ふたりはさらしていた。
その日の夕方。
……………
DEMONSTRATION 13:
晴花はSWOT分析表の一点を、身体を縮めるようにして指差した。
綾子は、晴花がさす場所に見える小さな点の塊に目を近づける。
別の日。
受付台で、荒木より紙袋を受け取る晴花。
たびたび繰り返される光景を、綾子もこっそり窺っていた。
晴花の差し出した紙袋を覗き込む荒木。
そのとき、経理課に田中がやって来た。
田中を避けるようにして、荒木は経理課を出ていった。
田中は、受付に立っている晴花に、同じ会社の人間でありながら、まるで出入りの業者の名前でも確認するかのような尋ね方をした。
田中は、周囲に人の気配がないことを確認して、小声で言った。
田中は、晴花の招きに応じてフロアの奥に歩み入る。
そして、今この時間はその主が不在である、総務部長と初江の共有デスクに着座した。
田中は、ふたりに向かって照れたように笑っている。そして、
「とりあえず、それ、よろしく」
と、綾子に手渡した三枚の伝票の処理を頼み、上へ戻ろうとするときだった。
ドアノブに手を掛けた田中の背中に、晴花が声をかけた。
きょとんとした表情を、晴花に向ける田中。
田中はドアノブに掛けた手をすっと放し、晴花の方へ身体を向ける。
目頭に熱いものがこみあげてくる感覚と、田中は必死に戦っていた。
そして微かな笑みを浮かべながら 恥ずかしそうに一度だけうなずくと、階段の方に歩みを進めた。