2026/6/6
同じデータでも、問いが違えばグラフが変わる
資料を作るとき、多くの人はデータが手元にあると反射的にグラフの種類を選びます。 棒グラフ、折れ線グラフ——使い慣れたものが先に来る。 それは間違いではありませんが、「そのグラフが答えられる問い」と 「あなたが本当に見たい問い」がずれていることが少なくありません。
グラフは問いに答えるための道具です。 道具を先に選んで問いを後付けするのではなく、 問いを先に決めてから道具を選ぶ——その順序を逆にするだけで、 同じデータから見えてくるものが大きく変わります。
このページでは「分布のばらつきを見る」という問いに応える箱ひげ図と、 「2時点間の変化の構造を見る」という問いに応えるスロープグラフを、 実際の公開統計データを使って解説します。 読み方の全手順と、各グラフが答えられない問いについてもありのままに書きます。
このページで使用するデータは「令和7年賃金構造基本統計調査」(厚生労働省)の 都道府県別所定内給与額(一般労働者・男女計)および医療・福祉産業の数値です。 データの取得・加工はすべて当サイトで行っています。
「問い」と「グラフ」のミスマッチとは何か
グラフには、それぞれが「得意な問い」があります。 棒グラフは各カテゴリの絶対値の比較が得意です。 折れ線グラフは時系列の傾向把握が得意です。 しかし、その2種類だけでは答えられない問いがあります。
よくあるミスマッチの例を挙げます。
MISMATCH
「都道府県間の給与のばらつきを見たい」
→ 47本の棒グラフ
MATCH
「都道府県間の給与のばらつきを見たい」
→ 箱ひげ図
MISMATCH
「2年間で給与順位がどう入れ替わったか見たい」
→ 棒グラフを2枚並べる
MATCH
「2年間で給与順位がどう入れ替わったか見たい」
→ スロープグラフ
棒グラフを47本並べても、「全体としてどれくらいのばらつきがあるか」 「外れ値はどの都道府県か」「中央付近の密集具合はどうか」 といった問いには答えられません。 棒グラフを2枚並べても、「どの都道府県が上がってどこが下がったか」 「順位が逆転した都道府県はどこか」は読み取れません。
HARUKA
グラフの選択ミスには2種類ある。 ひとつは「構造的欠陥」——レーダーチャートや円グラフのように、 認知的に誤読を誘いやすい設計のグラフを使うケース。 もうひとつは「問いのミスマッチ」——グラフ自体は誠実だが、 答えられない問いに使っているケース。 今回扱うのは後者。棒グラフは正直なグラフだけど、万能じゃない。
箱ひげ図——「分布のばらつき」という問いに答える
箱ひげ図(Box Plot)は、データの分布を5つの要素で表現するグラフです。 1970年代に統計学者John W. Tukeyが探索的データ解析(EDA)の 文脈で体系化しました。 平均値だけでは見えない「データの形」を、1枚で正直に見せます。
各要素の読み方
- Q1 第1四分位数(下端の箱)——データ全体の下位25%の境界値。 データの4分の1がこの値以下に収まる。
- Q2 中央値(赤の実線)——データを大小順に並べたときの真ん中の値。 平均値と異なり、外れ値の影響を受けにくい。 平均値(青の破線)と中央値の差が大きいほど、 分布が歪んでいるか外れ値が大きく影響している。
- Q3 第3四分位数(上端の箱)——データ全体の上位25%の境界値。 データの4分の3がこの値以下に収まる。
- IQR 箱の高さ(四分位範囲)——Q3−Q1の幅。 中央の50%のデータがこの幅に収まる。 箱が小さいほどデータが中央に密集しており、大きいほどばらつきが大きい。
- W ひげ(上下の線)——Q1−1.5×IQR〜Q3+1.5×IQRの範囲内に収まる最小・最大値。 ひげの長さが非対称な場合、分布が歪んでいるサイン。
- ○ 外れ値(丸印)——ひげの範囲を外れた値。 1.5×IQR法によって自動的に検出される。 外れ値は「測定ミス」とは限らない。データの中で最も重要な情報を持つ点である場合もある。
AYAKO
「外れ値=データのミス」と思って即座に除外してしまう人がいますが、 それは早計です。 外れ値は「最も説明が必要な値」であることが多くて、 除外する前にその値がどのデータか確認する必要があります。 箱ひげ図は外れ値を「目立たせる」ことで、確認を促すグラフでもあります。
実データで読む:都道府県別 所定内給与額の分布
令和7年賃金構造基本統計調査(厚生労働省)都道府県別・一般労働者・男女計の 所定内給与額(千円)47都道府県分。
| n | 最小値 | ひげ下端 | Q1 | 中央値 | 平均値 | Q3 | ひげ上端 | 最大値 | IQR | 外れ値 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 47 | 263.9 | 263.9 | 289.3 | 305.9 | 307.9 | 321.1 | 368.6 | 418.3 | 31.8 | 418.3(東京) |
この1枚と統計サマリー表から読み取れることを順番に整理します。
- 01 中央値は305.9千円、Q1=289.3千円、Q3=321.1千円。 47都道府県の中央の50%は289〜321千円の範囲——わずか32千円の幅に密集している。 ひげ下端は263.9千円、ひげ上端は368.6千円(サマリー表より)。
- 02 外れ値は1点(418.3千円)。 グラフのラベルから東京であることが確認できる。 東京は中央値から約113千円上に位置し、構造的に別の世界にある。
- 03 平均値(破線)が中央値より高い位置にある。 東京という外れ値が平均を上に引っ張っている構造。 「全国平均」で語ることの落とし穴がここに現れている。
- 04 ひげの長さは上下で非対称だが、視覚的には微妙な差。 サマリー表で確認すると上側ひげ(Q3から47.5千円)は 下側ひげ(Q1から25.4千円)の約2倍—— 数値としては明確な非対称だが、グラフの見た目だけでは判断しにくい。 サマリー表との併読が重要な理由がここにある。
2時点で比較する:令和6年→7年の分布変化
箱ひげ図の真価は層別比較にあります。 同じデータ構造で2年分を並べると、 「分布がどう動いたか」が1枚で見えます。
| n | 最小値 | ひげ下端 | Q1 | 中央値 | 平均値 | Q3 | ひげ上端 | 最大値 | IQR | 外れ値 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 令和6年 | 47 | 259.8 | 259.8 | 276.5 | 297.2 | 298.3 | 312.7 | 355.8 | 403.7 | 36.2 | 403.7(東京) |
| 令和7年 | 47 | 263.9 | 263.9 | 289.3 | 305.9 | 307.9 | 321.1 | 368.6 | 418.3 | 31.8 | 418.3(東京) |
- 01 箱全体が上にシフトした。 中央値は297.2千円(令和6年)→305.9千円(令和7年)。 全体的な賃上げ傾向が箱の移動として見える。
- 02 IQRが縮小した(36.2→31.8千円)。 Q1の上昇幅がQ3を上回っており、 低賃金県の底が相対的に押し上げられた形。
- 03 両年とも外れ値は東京の1点(令和6年:403.7千円、令和7年:418.3千円)。 ラベルから両年とも東京であることが確認できる。 外れ値は拡大しており、構造的な格差は縮小していない。
HARUKA
IQRの縮小を「格差是正」と読むのは早計。 Q1の上昇幅がQ3を上回ったのは事実だけど、 推測を許せば、それは最低賃金の全国一律引き上げによって 低賃金県の下限が機械的に押し上げられた可能性があるから。 構造的な格差——東京の孤立——が変わったわけじゃない。 「分布が動いた」と「格差が解消された」は別の話。
箱ひげ図が答えられない問い
- 「どの都道府県が何位か」——個別の順位は読めない。ラベルを付けない限り、どの点がどの都道府県かもわからない。
- 「分布の形(二峰性など)」——箱ひげ図は要約統計量の可視化であり、分布の詳細な形状はヒストグラムや分布曲線が適切。
- 「経年トレンド」——3時点以上の変化を追う場合、折れ線グラフとの組み合わせを検討する。
スロープグラフ——「変化の構造」という問いに答える
スロープグラフ(Slope Graph)は、2時点間の変化を 線の傾きで表現するグラフです。 Edward Tufteが1983年に著書の中で示した手法で、 「棒グラフを2枚並べる」という古典的な比較手法の 最大の弱点——「順位の逆転が見えない」——を解決します。
棒グラフを2枚並べると、左の棒と右の棒を目で往復しながら どの項目が上がったか下がったかを一本ずつ確認する必要があります。 スロープグラフでは、線の傾きが上向きなら増加、 下向きなら減少を示し、線同士が交差する点が「順位の逆転」を意味します。
各要素の読み方
- ↗ 上向きの線——左時点より右時点の値が増加。 傾きが急なほど増加量が大きい。
- ↘ 下向きの線——左時点より右時点の値が減少。
- ✕ 線の交差——順位の逆転。 交差が多いほど、2時点間で順位の入れ替わりが激しかったことを意味する。 スロープグラフが最も力を発揮する瞬間だ。
- ∥ 平行に近い線の束(凪)——全体が似た傾きで動いていることを示す。 交差がない区間は「順位の変動なし、全体が同じ方向に動いた」ということだ。
実データで読む:医療・福祉 変動率上下位5県の比較
47都道府県を全部表示すると線が多すぎて読めなくなります。 「変動が大きかった都道府県だけを見る」という絞り込みが、 スロープグラフを使いこなす実務上の重要なポイントです。 ここでは増減率の上位5県・下位5県の計10県を抽出して表示します。
令和7年賃金構造基本統計調査(厚生労働省)医療・福祉産業、 都道府県別所定内給与額(千円)。 増減率上位5県(千葉・鹿児島・島根・栃木・岐阜)と 下位5県(兵庫・群馬・長崎・福岡・佐賀)を抽出。
- 01 千葉が突出した上昇を示している。 303.9千円→355.6千円(+17%)。 線の傾きが他の上昇県より明らかに急で、 棒グラフ2枚並べでは埋もれていたこの異質さが一目でわかる。
- 02 上昇県と下降県が明確に交差している。 令和6年時点で上昇県(千葉・栃木・兵庫など)と 下降県(長崎・佐賀・福岡など)は近い値に位置していたが、 令和7年では大きく分岐した。この交差がスロープグラフの核心だ。
- 03 島根・鹿児島の上昇が際立つ。 10県中の下位に位置していた両県が令和7年には大幅に上昇し、 下降した県と明確に交差している。
HARUKA
棒グラフを2枚並べる手法の最大の問題は、 「左右を目で往復しながら差を計算する」という認知負荷が高いこと。 スロープグラフは線の傾きという直感的なエンコーディングで その負荷を大幅に下げる。 一般的には項目数が多いほど、スロープグラフの優位性は際立つ。 問いが「どれだけ変わったか」ではなく「どこが逆転したか」なら、迷わずスロープグラフを選ぶべき。
スロープグラフが答えられない問い・使用上の注意
- 「3時点以上の変化」——スロープグラフは原則2時点専用。多時点の順位変動を追うにはバンプチャートが適している。
- 「絶対値の正確な読み取り」——傾きから変化の方向と大小は読めるが、正確な値はラベルを参照する必要がある。
- 「項目数が多すぎる場合」——今回のように絞り込みが必要。47本全部を載せると線が交差しすぎて判読不能になる。
- 「軸の起点の選択」——スロープグラフは2時点の値の差を傾きで表現するため、絶対値の大小よりも変化量の大小が目立つ。目的に応じて使い分けること。
問いとグラフの対応表——迷ったときの判断基準
「使いやすいグラフ」と「問いに正直なグラフ」は、 往々にして逆方向を向いています。 棒グラフと折れ線グラフが「使いやすい」のは、 作り手も読み手も慣れているからであって、 すべての問いに答えられるからではありません。
| 問い | よくある選択 | より適切なグラフ |
|---|---|---|
| ばらつき・分布の形を見たい | 棒グラフ(平均値) | 箱ひげ図 / ヒストグラム |
| 2時点間の順位逆転を見たい | 棒グラフを2枚並べる | スロープグラフ |
| 構成比の経年変化を見たい | 円グラフを複数枚 | 帯グラフ(100%積み上げ横棒) |
| 複数時点の順位変動を見たい | 折れ線グラフ | バンプチャート |
| 2変数のクロス集計の構造を見たい | クロス集計表(数字のみ) | モザイクプロット |
| グループ間の分布比較を見たい | 棒グラフ(グループ別平均) | 層別箱ひげ図 / リッジラインプロット |
グラフを選ぶ順序を変えるだけで、 同じデータから見えるものが変わります。 「何を見たいか(問い)」を先に決めて、 その問いに答えられるグラフを後から選ぶ—— それがグラフリテラシーの本質です。
AYAKO
「このグラフ、見たことない」と言われるのが怖くて 棒グラフに戻してしまう気持ち、わかります。 でも箱ひげ図もスロープグラフも、 一度読み方を知ってしまえば「なぜ今まで使わなかったんだろう」と 思えるグラフです。 「わかってるな」と思われるグラフは、実は読み方がシンプルなものばかりです。